渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2020年 11月13日(金)~18日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

イラスト

11月14日(土)17:00~19:00 三遊亭兼太郎 柳家わさび 三遊亭遊雀 蜃気楼龍玉

「渋谷らくご」龍玉劇場 ~単館上演落語会~

ツイート

今月の見どころを表示

プレビュー

蜃気楼龍玉師匠、次代のスターのひとりです。
高音低音を巧みに使い分け、一線を越える人間たちを活写する凄み。
 かつて、これほどまでに人間心理を重点的に掘り下げた落語家はいたでしょうか。また、そういった噺をたくさん仕入れた人がいたでしょうか。映画にも単館上映の上質な作品があるように、このユーロライブで、ほかではなかなか見られない上質な落語に触れていただく機会を設けました。
 若手の兼太郎さん、わさび師匠、ベテラン遊雀師匠と、見どころ聴きどころたっぷりです。

▽三遊亭兼太郎 さんゆうてい けんたろう
23歳で入門、芸歴8年目、2017年二ツ目昇進。インスタグラムでも近況を報告している。インスタグラムには「謎のおにぎり」の写真をアップしている。9歳の時、小学校の先生のことが好きだった。

▽柳家わさび やなぎや わさび
23歳で入門、芸歴18年目、2008年二つ目昇進。2019年9月に真打昇進。痩せ形で現在の体重は52kg。わさび師匠のお母様がたまに渋谷らくごに見にくる。最近、ベランダで育てている「彩りはつか大根」の調子が良い。たびたびヘアチェンジをする。

▽三遊亭遊雀 さんゆうてい ゆうじゃく
23歳で入門、芸歴33年目、2001年9月真打昇進。酒豪。YouTubeで「スマホたて落語」を配信して続けている。お肌の保湿を第一に考えている、最近はお風呂上がりにジェルローションを塗っている。実家に生まれたての猫がやってきた、子猫にメロメロである。

▽蜃気楼龍玉 しんきろう りゅうぎょく
24歳で入門、芸歴24年目、2010年9月真打ち昇進。身長が181cmと背が高い。ツイッターではプライベートの様子をツイートすることがなく、いまどのように過ごしているか知ることができない。ものを食べずにひたすら呑むとの噂。

レビュー

文:高祐(こう・たすく) Twitter:@TskKoh

三遊亭兼太郎(さんゆうてい けんたろう)-野ざらし
柳家わさび(やなぎや わさび)-コーシー
三遊亭遊雀(さんゆうてい ゆうじゃく)-うどん屋
蜃気楼龍玉(しんきろう りゅうぎょく)-双蝶々〜定吉殺し〜

2か月ぶりのユーロスペースでの鑑賞だった。相変わらず席は一つおきにしか座れないし、換気のため裏口まで全開だけれど、何となく雰囲気が違う。客席が賑やかなのだ。裏口から聞こえる車の音につられるのだろうか、この日は開演まで驚くほど賑やかな客席だった。開演を待ち望むような雰囲気に包まれて、開演を待った。

三遊亭兼太郎さん「野ざらし」

  • 三遊亭兼太郎さん

6周年を迎えた渋谷らくごとともに、兼太郎さんもちょうど落語家人生7周年を迎えたという。渋谷らくごが6周年と聞くと、感慨深いものがある(そしてこれからも頑張っておくれ!と思う)のに、落語家の人生としてはこれから先が楽しみだなぁ、という思いが先立つ。一生をかけてキャリアを築いていく、落語家の一生には頭が下がる。兼太郎さんはその道を歩き始めたばかりなのだ。兼太郎さんにとって落語家は4つ目のお仕事とのこと、23歳で入門らしいので7年続いているのであればこれからも大丈夫だろう。
そんな兼太郎さん、アパートで洗濯物干している時など普段は、ニートみたいな格好しているから、学校寄席にいくためにスーツを着て外に出たら、隣のおばさまに「就職おめでとう」と言われてしまったそうな。「就職おめでとう」ではないが、一時期はなかったであろう、学校寄席が復活してきていることが喜ばしい、であれば、お仕事が戻ってよかったですねと声をかけるのが正しかっただろうか。 そして本編は「野ざらし」。隣の堅物の年寄りのところに、美しい女が来ていたのを昨晩のぞき見してしまった八五郎。年寄りを問いただすと、その女は向島で釣りをした際に弔いをした骸骨の幽霊だという。あまりにいい女だったものだから、八五郎は二匹目のどじょうを狙って「釣り」に行く、というお話だ。
威勢のいい、江戸っ子はっつぁんが兼太郎さんに合う。調子よく歌っていたなと思うのだけれど、後に出てきた遊雀師匠から、音がずれていたよ、と突っ込まれていた。まぁ威勢のいい若者は音を外すなんてよくあること、調子がいいはっつぁんらしいご愛敬ということで温かく見守っていきたい若手落語家さんの一席であった。

柳家わさび師匠「コーシー」

  • 柳家わさび師匠

お目にかかるたびに髪型が変わるわさび師匠。今日は前髪が垂れていますね、と思った瞬間、まさにその髪型(お気に召さないらしい)の話からまくらが始まった。昨年だいぶお稼ぎになったらしい師匠、税理士がついてたら余計な税金払わなくていいなんておかしい、税金は公平に払われてこそなのに、とひとしきり腐れていた。さらに前座に払うのは1,000円、たとえ1,000万円稼いだとしても出ていく方が多い、などなど、落語家の懐事情を愚痴と見せかけて聞かせてくれた。経費として落とせるものと落とせないものの区分がシビアだ。生きていくのに必要な食費と、贅沢な食費と、その中間のクオリティを上げるための食費、その区分にわさび師匠のセンスを感じる。生活のクオリティをほんの少し上げるだけの食費がいかに重要か、その思いを夜中に妄想で税務署の人に話すわさび師匠がいる。そして隣の部屋からどすんとやられる。その場面がふんわり浮かんでくるのが、なぜかとても落語っぽいのだ。
そして本編は「コーシー」という新作落語。看板に書かれている「江戸前」という文字に、その書体でもって江戸らしさを吹き込もうとする福井県在住の彫り師たちの物語だった。仕事に影響するからという理由で、普段の生活から江戸前を地で行こうとする「親方」社長のところに、長く勤める腕っこきの職人、だが新人が入ってきては辞めるというのが続くこと5回、二人の硬い「江戸前」気質にも、少しずつ揺らぎが生じてくる。
言動が「江戸前」か否かを試すボキャブラリーがおかしい。「朝日新聞」「潮干狩り」「平井堅」が江戸っ子を図る指標なのだ(全部「ひ」を「し」と言わなければいけない)。そして江戸時代と現代とを分けるのが「コーヒー」と「お茶」という飲み物。果たして「コーヒー」は「コーシー」と呼ばれたら江戸前になるのか。そんな状況はないだろうという設定の中で心の機微を描くことで、もしかしたら、を感じさせるのがわさび師匠の新作落語の醍醐味ではないか。
それにしても、わさび師匠のこの江戸前にこだわる噺が江戸の風を吹かせたのか、それとも吹くことがわかりきっていたからあえてこの話を選んだのか。この後の二人の師匠が見事に江戸の風を吹かせまくるのだが、この噺がその素地を作ったのでは?と後から考えると思ってしまう、そんな一席だった。

三遊亭遊雀師匠「うどん屋」

  • 三遊亭遊雀師匠

遊雀師匠の愛のある若手いじりを聞くのが好きだ。今回も遊雀師匠の後輩への愛がほとばしる言葉が聞かれた。例えば兼太郎さんが演じた「野ざらし」、遊雀師匠もさらっと歌って「音がずれていたよ」と言ってくれる。なんと有り難い、私だったら稽古をつけてもらいたい、そして弟子入りするなら遊雀師匠に、と思ってしまう。こういう愛に満ちた教育って今時なかなかないのではないか。なんとかハラスメントと言われることを恐れて、「今の若者は繊細だから」とはばかられるような教育も、思いが通じるだろう、という仲間意識と信頼感が落語家の集団にあることが羨ましい。
そして遊雀師匠の酔っぱらいの演技も素敵だ。酔っぱらいが出てきて師匠自身が好きだとおっしゃった小咄も、小咄ってそういうもの、というくらいの本当に軽いくすぐり、しょうもなさがたまらない。まさに江戸の風、あぁまたすぐまた聴きたいなと思ってしまう。
地方巡業で美味しい日本酒を飲まされたというまくらから、「うどん屋」の噺に入る。婚礼帰りの酔っぱらいに、火を水をとせがまれた挙句、うどんは嫌い、酔っぱらいに雑煮はいらないと悪態をつかれる。さらには大店(大きな商家)に寄るも大外れ、、というお話だ。昼間は小春日和だが、夜はぐっと寒くなるこの時分に棒手振りの鍋焼きうどん屋の噺なんて憎らしい。それにしても棒手振りの鍋焼きうどん屋があるなんて、いい時代もあったもんだ。店の方から家の近くに来てくれるなんてコンビニ顔負けだ。大店のおかみさんのように、風邪の時ならきっと声をかけてしまうに違いない。江戸の秋冬の夜の寒さと、鍋焼きうどん屋が運んでくる湿度のある温かさ、熱さがじんわり伝わってきた素敵な一席だった。

蜃気楼龍玉師匠「双蝶々〜定吉殺し〜」

  • 蜃気楼龍玉師匠

シンプルに噺の説明だけして、龍玉師匠はさっと本編 「双蝶々〜定吉殺し〜」に入った。前のお三方がまくらでたっぷり聞かせたとのは全く趣の違う噺の入り方だし、遊雀師匠とは向きの全く違う、湿度のない冷たいからっ風が吹き込んできたようで、ワクワクと怖いもの見たさ(聴きたさ)でゾクゾクした。とはいえ遊雀師匠のせいで、ムショ帰りの龍玉師匠の姿を思い描いてしまったことは、ここだけの話。しかしその印象も本編につながるから不思議だ。
手癖が悪い、つまり盗み癖がある小僧が主人公という設定から、もうなんとなく不穏だ。主人公長吉は大店に丁稚奉公に出されて頑張っていたものの、ある日番頭に、仕事後に隠れてやっていた盗みの一部始終を見られてしまう。それをネタに番頭に、旦那の金庫から50両を盗み出せと揺すられる。小遣い稼ぎのつもりの盗みから、この番頭の揺すりによって一気に泥沼にはまっていく、はめられていく長吉がやるせない。悪いのはこの番頭、そしてこの番頭は関西弁なのだ。江戸の風が吹いていた中に、西のちょっと風向きの違う気持ちの悪い風が入ってくるような感じだった。これから長吉の運命やいかに、というところで本日の噺は終わり。観客は実際に乾いた風の吹く関東の夜空に放り出された、というと聞こえが悪いが、背中のすうっとするような冷たさを感じて外に出たのは確かだ。
龍玉師匠ではこんな人間の冷たい、あくどい性(さが)を見せつけられるような噺を聴くことが多いが、今回の噺にわずかにあった女性の描写が印象的だった。ビシッと陰気な噺、灰色の濃淡で世界を描いているような噺から、桜ねずくらいの淡い、別の色合いが見えて、あぁまた師匠の噺を聴きたいな、と思わせられた。


【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」11/14 公演 感想まとめ

写真:渋谷らくごスタッフ
写真の無断転載・無断利用を禁じます。