渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 9月9日(金)~13日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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9月13日(火)20:00~22:00 古今亭志ん八 柳家ろべえ 入船亭扇里 橘家文左衛門

「渋谷らくご」さようならブンザえもん

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プレビュー

落語家になるためには、必ず弟子入りをしなければなりません。師匠があって弟子がある。
この秋、文左衛門師匠は、師匠の名前である文蔵を襲名します。ということで今月の渋谷らくごが文左衛門として登場する最後の渋谷らくご。
そんな最後の渋谷らくごに、師匠のことが大好きだった3人の落語家さんに登場していただきます。
師匠の名前を背負う重み、ぜひ感じてみてください。
文左衛門でたくさんの素敵な夢を見させていただきました、また文蔵でも素敵な夢を見させていただけると思うと楽しみです。
文左衛門師匠ありがとう、文蔵師匠よろしくお願いします。


▽古今亭志ん八 ここんてい しんぱち
28歳で入門、芸歴14年目、2006年11月二つ目昇進。趣味は、漫画をかくこと。落語会のパンフレットには可愛いイラストが入ることがある。ウェブサイトに4コマ連載中。魚が大好き。来年秋真打ち昇進決定!

▽柳家ろべえ やなぎや ろべえ
25歳で入門、芸歴14年目、2006年5月二つ目昇進。
東京農工大学工学部卒業、物理学を学ぶ。来春、真打ち昇進が決定! 志ん八さんとおなじく落語協会の若手落語家、同期10人でのユニット「TEN」のメンバー。こっそりイケメン。地元は広島県福山市、落語会も行っている。

▽入船亭扇里 いりふねてい せんり
19歳で入門、芸歴21年目、2010年真打ち昇進。
趣味は競馬と野球観戦。横浜DeNAベイスターズの熱狂的なファン。絵本作家。5分以上素麺を茹でて麺つゆは使わないという斬新な料理レシピをツイッターにあげる。実家の近所をシン・ゴジラに破壊された。

▽橘家文左衛門 たちばなや ぶざえもん
24歳で入門、芸歴30年目、2001年真打昇進。
趣味は料理。ツイッターで、朝ご飯や酒の肴など、日々の料理をつぶやいている。この秋、橘家文蔵を襲名する。今回が文左衛門としては最後の渋谷らくごになる。9月21日から、50日間の襲名披露興行が、都内各寄席で行われるので必ず一日は見に行くように。

レビュー

文:吾妻あきち Twitter @azuma_akichi
女 会社員

9月13日 20時の回
柳家志ん八 「お菊の皿」
柳家ろべえ 「船徳」
入船亭扇里 「持参金」
橘家文左衛門 「子別れ」


  • 橘家文左衛門師匠

    橘家文左衛門師匠

文左衛門師匠を初めて見た時のことは、今でも鮮明に覚えている。歳の暮れの鈴本演芸場、芝浜を聴く会でのことた。文左衛門師匠のことは名前すら知らなくて、「芝浜」目当てで行ったのだ。高座に上がるなり師匠は仏頂面で、大きくため息をつい一言、「二日酔いなんすよ」。生で落語を見るようになって間もなかった私は、その面倒くさそうな態度に少しばかり苛立ちを覚えたのだ。(もちろんそれは「芝浜」への伏線であり、すでにその時点で師匠の高座は始まっていたのだが、そんなことも露知らず苛立ったなんて、今思えばかわいいもんである。)
そのあとの「芝浜」が素晴らしかったことは言うまでもない。その芸に魅了されてすぐに直後に行われる予定の勉強会のチケットを予約した。その会で「火事息子」を聴いた時には、前から数列目、師匠からすぐの席でボロボロ号泣した。その後も何度となく寄席で、落語会で、文左衛門師匠の高座を見てきた。

寄席ネタと言われるようなごく短い噺でも、この師匠の魅力は存分に味わえる。「時そば」「手紙無筆」「目薬」など、得意とされるネタを挙げたらきりがない。それでもやはりこの師匠の真骨頂は人情噺だと個人的には思っている。強面の風貌が描きだす人情噺はずるい程見る者の心を打つのだ。噺のリズムや会話のテンポだけでなく、それぞれの人物の感情をしっかりと描く。けれどもそこにくどさは残らない。鮮やかに演じ分けられる登場人物の個性と、適度に挟んだくすぐりが、重くなりがちな人情噺をカラリと仕上げてくれる。絶妙とはまさにこういうことではないだろうか。

その文左衛門師匠が、名跡・橘家文蔵を襲名する。襲名披露興業も楽しみだが、最後の文左衛門師匠の高座をどこで見ようか悩んでいた矢先に、9月13日文左衛門師匠がトリをとる回のシブラクのモニターを任せていただけることになった。なんともありがたい限りである。ましてやネタが「子別れ(下)」とくれば、この場にいれたことに感謝する以外ないだろう。

この日の文左衛門師匠は、私が初めて見たときとは全く逆で、晴れ晴れとした表情で表れた。襲名の苦労など素人には分かる由もないが、「儀式的なことは全て終わった」と言いそれでも残る残務を笑いながら話す師匠の姿を見ると、待ち構える五十日間の披露興業を楽しみにしているようである。会場の様子をうかがうこともなく、マクラからすっとネタに入ったところを見ると、きっと「子別れ」をやろうと決めていたのであろう。大ネタを準備していたところからすると、きっと師匠自身も文左衛門としての最後のシブラクに色んな想いがあったのではないだろうか。

吉原の女につぎ込んで、数年前に女房と息子に出て行かれた熊五郎は今でも一人身。家族が家からいなくなった後は改心して一滴も酒を飲まず、仕事に励んでいる。そんな熊さんが大店の番頭と木場へ行く途中、偶然にも息子の亀を見つける。出て行って以来会っていなかった息子の成長をうれしく思い、久々の親子の時間を噛みしめるが、気になるのは元女房のこと。息子にそれとなく聞けば、母さんはまだ一人だと言う。針仕事で生計を立てて息子を一人で育てているというのだ。亀と翌日鰻を食べに行くことを約束し、小遣いに五十銭やって二人は別れる。亀が家へ帰り母の手伝いをしていると、誤って熊五郎から貰った五十銭が懐から落ちて母に見つかってしまった。母は息子が盗んだものと勘違いし、玄翁で亀をたたこうとする。亀が父親にもらったことを白状すると母は驚くが、やはりこちらも元夫のことが気になる。元凶であった酒を断ったと聞き嬉しくなり、翌日亀が鰻を食べに行くところへついていく。元夫婦はぎこちない距離で息子を介して会話をするが、亀の計らいで二人は久々に顔を合わし、もう一度家族としてやり直すこととなる。

文左衛門師匠の人情噺を聞いたときに誰でも思うだろうが、主人公が師匠の姿に被って仕方がない。もしかするとこれば師匠そのものなのではと錯覚する程に、家族に出て行かれた男の寂しさ、改心して真面目に働いても会いに行くわけにいかない後ろめたさ、息子に素直に前妻のことを聞けない不器用さ、細かな表情や言葉がまるで違和感もなく自然体で描かれている。出来上がった台本にのっとった噺であることを忘れ、あたかも師匠自身の言葉として今出てきたかの様に感じられる程だ。そのコントラストのように、周りのキャラクターはいい味を出す。「子別れ」においては亀のこまっちゃくれた表情や科白がいいスパイスになっている。生活の苦しさを我慢しながらも母を支えて生きる素直な少年だが、互いに気になりつつも正直になれない父と母を一丁前にからかったりなんかする。どちらが大人でどちらが子供かわからなくなるようなキャラクターは思わず愛さずにはいられない。こうした愛嬌たっぷりな人物描写も文左衛門師匠の人気の一因だろう。

落語の人情噺は重くしようとすればいくらでも重くなれる。そういうのを好む人もいるのだろうが、やはり落語の魅力は身近さじゃないだろうか。芸術ぶらず、大衆芸能らしいカラっとした後味は、どんな世代にも愛されるはずだ。文左衛門師匠には、これからも変わらず万人に愛される落語を続けてほしいと思う。

落語という芸能は難しいもので、勝ち負けが無い分、良い悪いは個人の好みに因る。誰かが良いと言ったからってその噺家を自分も好きになれるとは限らない。だからこそ自分の目で見て、自分の耳で聞いて、「良い」と思った噺家はまた見たくなる。応援したくなる。そしてそう思った人が晴れの舞台を迎えようとしているというのは、きっとご本人が思っている以上に、いつも師匠の高座を見ている我々の方も嬉しいのである。橘家文左衛門改め三代目橘家文蔵。目出度い。襲名の苦労も意味も理解に乏しいかもしれないが、それでも一緒に祝わせてほしいのである。今から襲名披露が楽しみでしかたない。そしてその後文左衛門師匠が文蔵師匠としてシブラクに戻る日も、今から楽しみである。


  • 古今亭志ん八さん

    古今亭志ん八さん


  • 柳家ろべえさん

    柳家ろべえさん


  • 入船亭扇里師匠

    入船亭扇里師匠


  • 橘家文左衛門師匠

    橘家文左衛門師匠




【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」9/13 公演 感想まとめ

写真:山下ヒデヨ Twitter:@komikifoto