渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 3月8日(金)~12日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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3月11日(月)20:00~22:00 立川こしら 橘家文蔵 立川志ら乃 立川左平次

立川左談次追善興行DAY2「第二部」

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プレビュー

総領弟子の左平次師匠以外に、この公演をまとめる人がいません。立川流では、しっぽをつかませないふわっとした存在である左談次師匠の存在感を継承している、かのような、こしら師匠。左談次師匠最後の高座の3月11日立ち会った文蔵師匠、そして左談次師匠との「ふたりらくご」ではトークで昔話を聞き出した志ら乃師匠。
 いろいろな想いの交錯する追善の会。思い出話も出たり出なかったりだと思いますが、どうぞお楽しみに!

▽立川こしら たてかわ こしら
21歳で入門、芸歴21年目、2012年12月真打昇進。フットワークが軽く、日本のみならず海外でも独演会を開催。初の新書『その落語家、住所不定。 タンスはアマゾン、家のない生き方』が発売中。紀伊国屋書店ニューヨーク本店にて出版イベントを開催する。

▽立川志ら乃 たてかわ しらの
24歳で入門、芸歴21年目、2012年12月真打昇進。スーパーマーケットが好きで、スーパーの批評をツイッターでおこなっている。スーパーも好きだが、中華料理チェーンの幸楽苑にて裏メニュー「バニラ杏仁」を注文出来るほど幸楽苑も好き。


▽橘家文蔵 たちばなや ぶんぞう
24歳で入門、芸歴33年目、2001年真打昇進。ツイッターで、朝ご飯や酒の肴など、日々の料理をつぶやいている。家にラジオがたくさんある。ずっとつけっぱなし。最近つくった料理は「チリパウダーをきかせ豚バラをとろとろにしたカレー」。噺も料理も仕事が細かく、それでいてでたとこ勝負を楽しむ。

▽立川左平次 たてかわ さへいじ
26歳で入門、芸歴19年目、2015年真打ち昇進。左談次師匠の大ファンで弟子入りにいったところ断られ、その場に居合わせた快楽亭ブラック師匠に入門を許され落語家になるという不思議な経験をされている。

レビュー

文:海樹 Twitter:@chiru_chir_chi(花粉症はじめました) 3月11日(月)20-22「立川左談次追善興行DAY2 第二部」
立川こしら(たてかわ こしら)-長短
橘家文蔵(たちばなや ぶんぞう)-時そば
立川志ら乃(たてかわ しらの)-ずっこけ
立川左平次(たてかわ さへいじ)崇徳院

立川こしら「長短」

  • 立川こしら師匠

    立川こしら師匠

 こしら師匠が前座として初めて立川流の新年会に参加したときのこと。隅の方に固まっていた前座たちから見える場所で左談次師匠が壁に向かって歩き続けるというボケをしていたが、緊張のため何も言えずにいたところ、「前座、止めろぉ!!」と言われたという。他の師匠方との距離感とは異なっていたこと、前座にも分け隔てのない気遣いがあったことを触れていた。あの真面目なことを言った後にする二カッとしたシャイな笑顔が、私の中にワッと蘇ってくるようなエピソード。
 こしら師匠が弟子の名前をオークションに出したという話題を耳にした左談次師匠。楽屋で、こしら師匠から経緯や意図の説明を聴いてから、「それは粋なのか、野暮なことなのか」と訊ねたという。新しい取り組みを最初から否定・賛成するのではなく、後輩の意見をしっかりと聴く姿勢。そして自分には理解できなかったことを素直にわからないと言ってから、左談次師匠らしく「粋か、野暮か」と訊ねる感じがとてもステキだ。もし自分が同じ立場であったら、はたして出来るだろうかと思ってしまう。最初から自分の価値観を押し付けるのは簡単だ、正解は自分のなかにあるのだから。だからこそ、全てを保留したフラットな状態で意見に耳を傾けることの難しさがあるのだと思う。
 こんなこともあった、あんなこともあったと、左談次師匠にまつわる思い出を話されていたこしら師匠。そんなこしら師匠は「新ニッポンの話芸 ポッドキャスト」の「第288回 追悼立川左談次師匠」の回でも左談次師匠とのことを話されているので、ぜひ聴いていただきたい。

橘家文蔵「時そば」

  • 橘家文蔵師匠

    橘家文蔵師匠

 「縁のある方々と言われたが、あんまり大それた思い出もないんですけど」と、文蔵師匠。左談次師匠の最後の高座の前に上がった際に、冗談でお客さんに「これが最後になるかもしれませんよ」と言ったことを思い返して、「あんな縁起でもないことを言うんじゃなかったな」と仰っていた。
 ふとした時に口にしてしまった、そんな不用意にこぼれ落ちていった言葉が最後になってしまうのかもしれないと思う。大切な人との別れは、セッティングされたパーティーの中で「もう二度と会えない」と宣言がなされるような大仰な言葉ではなく、終電近くの駅の改札を挟んで少し焦りながら言った「じゃあ、また」みたいなものではないだろうか。
 昨年の三月十一日、私はどうしても外せない用事が入ってしまい渋谷らくごに行くことが出来なかった。うっすらとした後悔の念に包まれたまま、お昼休みに支給されたお弁当を食べるため、あたたかな陽気に誘われて外のベンチに座っていた時のこと。ふっと心地よく晴れ渡った空に目をやると、春です春ですと語りかけるような柔らかな風が国旗を揺らしていて、あれ普段より低い位置で翻っているということに気づいたときに、あぁ自分は特別な一日を過ごしているのだなという気持ちになったことを覚えている。今となってはその一日が、また違う意味合いでの特別な思い出として刻まれていて、きっとこれからも思い出し続けていく一日の記憶となっている。

立川志ら乃「ずっこけ」

  • 立川志ら乃師匠

    立川志ら乃師匠

 山手線に乗っているときのこと。一緒に乗っている左談次師匠に空いた席を勧めた時には、必ず前転をする素振りで行こうとする師匠を止めるというお決まりのやり取りがあったそうだ。それもどうやら志ら乃師匠だけにやっていたらしい。ある時、前転しようとするのを止めずに見ていたところ、「なんで止めないんだ、危ないじゃねえか」と怒られたとのこと。この若いやつとコミュニケーションでちょっとやってやろうか、という左談次師匠の心遣いが感じられるエピソードだ。
 ある時広小路亭で行われていた談笑師匠の会に前座として入っていたときに、ベロベロの左談次・ブラック・談之助師匠が入ってきたという。その時に左談次師匠が「前座クン、それを貸してくれるかな」と太鼓のバチを受け取って高座へと乱入していったそうだ。その時にベロベロのはずの左談次師匠が、志ら乃師匠から渡された二本のバチのうち一本を「一本でいい」と返してきたのだという。また高座の上の談笑師匠をバチで殴りつけるフリをする際にも、一切危険のないように気を遣っていたのだそうだ。あぁ、好きだな。
 同じ一門の里う馬師匠が「一緒に前座時代を過ごしたやつがいなくなっちゃったよ」と言っていたことをキッカケに、立川流日暮里寄席で追善の会を開いた時のこと。出演者それぞれが左談次師匠に纏わる様々な思い出を語っているなかで、トリに上がった里う馬師匠は神妙な面持ちだったそうだ。いったいどんな話をするのかなと志ら乃師匠が高座に耳を傾けていたところ、今朝十四年飼っていた犬が死んでしまったという話だけで、左談次師匠とのことはわずかしか話さなかったという。思わず高座から降りてきた際に冗談めかして「里う馬師匠、もっと左談次師匠のこと話してくださいよ」と言ったら、「左談次は飼っていないから」と返されたのだそうだ。思わずニヤッとしてしまう。
 そんな志ら乃師匠は左談次師匠との思い出の中で印象深かったこととして、ある時打ち上げの席で、ふと言っていた「どんなことをしてもいいけれど、ボクは落語にピュアな所があるのが好き」という言葉を紹介していた。

立川左平次「崇徳院」

  • 立川左平次師匠

    立川左平次師匠

 談吉さんが弟子に加わり一門が二人になったことで開催された、初めての左談次一門会でのこと。談吉さんも左平次師匠も共に前の師匠のことをまくらで話していたところ、最後に上がった左談次師匠が「あいつらは今の師匠のことが好きじゃないのか」と言われたという。どんな表情で、どんな口調で言ったのかが、ぼんやりと私の中で浮かんできてニヤニヤしてしまう。
 左平次師匠が渋谷らくごに出演していることを知った際に、左談次師匠は「あんな円山町の変なところでやっている会に、、、」と言っていたそうだ。確かに私も初めて渋谷らくごへと行ったときに、本当にこんな場所でやっているのかと思った。けれども自分が出るようになってからは、入院や治療のサイクルを合わせて出演するほどに大切な会だったという。なんだかとても嬉しい。
 左談次師匠は落語会が終わった後に出口でお見送りをすることについて、「あんなの落語家のやることじゃない」と言っていたそうだ。けれども渋谷らくごで五日間の特別興行を行った際には、毎回笑顔でサイン・写真・お見送りをしていて、楽屋でも毎日とても笑顔だったという。
  二時間の会が終わって出口付近が空くのを座ったまま待っていると、何気なく前の席の人が立ち上げたスマフォの画面がちらっと見えた。そこには左談次師匠とツーショットで写っている画像が映し出されていて、何とも言えない気持ちになった。その人の中にも、私の中にも、会場にいた全ての人にとって、新しい左談次師匠の思い出が出来た一日。

【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」3/11 公演 感想まとめ

写真:武藤奈緒美Twitter:@naomucyo
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