渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 7月12日(金)~16日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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7月14日(日)14:00~16:00 柳家わさび 台所おさん 風藤松原*** 林家正蔵

「渋谷らくご」林家正蔵(しょうぞう)、登場!

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プレビュー

 56歳にして芸歴41年。正蔵を襲名して14年。メディアで正蔵師匠を知った方も多いと思いますが、ひたむきに落語と向き合う姿が私は大好きです。これまで落語に触れてこなかった人にも、ぜひいまの正蔵師匠を聴いていただきたい。師匠の落語は、丁寧でありながら緊張を強いず、とてもあったかい。
 わさびさん、おさん師匠とこちらもマイペースであったかい落語の演じ手を揃えました。漫才の風藤松原さんは、寄席の空気にピッタリの漫才師です。

▽柳家わさび やなぎや わさび
23歳で入門、芸歴16年目、2008年二つ目昇進。2019年9月に真打昇進することが決定。痩せ形で現在の体重は52kg。雨の日は長靴に合羽の完全防備。東京オリンピックでも行われる種目を紹介するNHKのテレビ番組「our SPORTS!」に出演中。

▽台所おさん だいどころ おさん
31歳で入門、芸歴18年目、2016年3月真打昇進。落語家になる前に、東京から大阪まで歩いて旅したことがある。髪のお手入れはお風呂場でのバリカン。ツイッターで落語会の告知をしているが、よく時間や開催日を間違えている。

▽風藤松原 ふうとうまつばら
2004年太田プロからデビュー。風藤さんは家庭菜園をもちカイワレ大根と青しそを育て、日本健康マスター検定を受験した。松原さんは先日までイケテルラップを作曲していた。大阪出身のふたりだが、寄席の世界を壊さない、東京漫才の伝統ここにあり。最高級の色物です。THE MANZAI2013、決勝進出。

▽林家正蔵 はやしや しょうぞう
15歳で入門、芸歴42年目、1987年真打ち昇進、2014年落語協会副会長に就任。中学生の頃に聴いたマイルス・デイヴィスがきっかけでジャズが好き。落語の修行や真打披露興行の準備などでタイミングが悪く、4回目にして自動車普通免許を手にした。

レビュー

文: あさみ Twitter:@asm177 ライター。夏は徳島で阿波踊りを見る予定。落語初心者の目線でお伝えします。 2019.7.14(日)14-16「渋谷らくご」
柳家わさび(やなぎや わさび)-垂乳根
台所おさん(だいどころ おさん)-愛宕山
風藤松原(ふうとうまつばら)-漫才
林家正蔵(はやしや しょうぞう)-ねずみ

先月のシブラクウィークも雨でしたが、今月も変わらず梅雨モード。いい加減、げんなりしている人も多いのでは。そんな沈んだ気持ちを吹き飛ばす、笑いたっぷりの「渋谷らくご」。今回は、芸歴41年ながら今もひたむきに落語と向き合う林家正蔵師匠の登場です。まだまだ落語初心者の私にとっては、贅沢が過ぎる会でした。

柳家わさびさん

  • 柳家わさびさん

    柳家わさびさん

9月に真打昇進を控え、その準備に連日バタバタソワソワ。その世話しない日々のせいで電車の乗り過ごしなど失敗が続き「不安定なんです」としょんぼりモードのわさびさんです。しかしその失敗も、何か新しい「縁」と出会うための布石だとしたら…。縁は異なもの味なもの。自分が落語家として生き、こうして真打昇進まで辿り着けたのも、すべてはさまざまな縁かもしれないと思うのだそう。今回は結婚という縁にまつわる噺、「垂乳根」です。
独り身の八五郎に大家から縁談の話が舞い込む。年は二十で器量良しという好条件だが、唯一の瑕は「言葉遣いが丁寧すぎること」。言葉のぞんざいな自分のところに来れば足して割って丁度良いと八五郎は受け入れるが…。
お嫁さんはまだかまだかとソワソワする様子が笑いを誘う八五郎。その世話しないキャラクターは、わさびさんの普段の印象とは異なるものの、なんだか今日はぴったりマッチ。まくらでの「昇進前のソワソワわさびさん」を聞いたからでしょうか。まくらを思い出しながら見る八五郎は、ただ落ち着きのない人物ではなく、これから訪れる新しい縁に緊張と喜びでいっぱいの、愛らしさが感じられました。

台所おさん師匠

  • 台所おさん師匠

    台所おさん師匠

「お金は夢と希望と余裕をもたらす」と話すおさん師匠。先日古本屋に70冊もの本を売りに行ったのだとか。購入金額の1割程度が戻ってくれば…と考えていましたが、実際は4割ほどが戻ってきて嬉しい誤算です。ちょうどそのとき軽く体調を崩されていたようですが「嬉しくて鼻水が止まった」と無邪気にニシシと笑っていらっしゃいました。そんなお金にまつわるエピソードが登場する「愛宕山」です。 旦那に連れられ芸者と共に愛宕山にやってきた幇間の一八。峠では「かわらけ(土器)投げ」ができ、旦那は技を見せつける。感心していると「次は小判だ」と言いはじめ、驚く一八をよそに30枚すべて投げてしまった。「投げた小判はどうなるのか」と尋ねると「拾った人のものだ」と旦那。一八は取り行こうと谷を下る方法を考え始めるが…。
かわらけ(小判)を投げるときのおさん師匠の力の入りっぷりが印象的。今回私は少し後ろの席に座っていましたが、それでも師匠の首筋がグッと浮かび上がったのが見えるほど。全力で投げる光景がありありと浮かびます。本当は二日酔いでぐったりしているくせに「山登りは得意」だと言ったり、拾った小判にキスをするような調子の良い一八。おさん師匠の「ニシシ」笑いと相まって、ばっちり憎めないキャラクターに仕上がっていました。

風藤松原さん

  • 風藤松原さん

    風藤松原さん

コンビ名はお二人の苗字を繋げたもの。「風藤」という苗字はやはり珍しいようで「風俗の『風』に、風俗の『俗』って書くんです」と自己紹介ネタで掴みはばっちり。お二人とも大阪出身だそうですが、その気配を微塵も感じさせない東京漫才がスタートしました。
数秒ごとに細かく笑いを発生させるスタイルで、常に客席を沸かせ続けます。フリに応えるのが得意な松原さんにお題を出す、昔を思い出して童謡を歌ってみる、友だち作りが苦手な松原さんの原因を探る、可愛い子とデートがしたい、ことわざが苦手…。次々話題が変わりながらも、気持ちよくずっと笑わせてくれるため、あっという間の約30分。ここ最近テレビで見る漫才は10分程度のものが多く、シブラクの長い持ち時間をどうするのかと個人的に興味があったのですが、そんな心配は無用でした。
また風藤さんのツッコミが柔らかいのが印象的。怒るや否定ではなく「訂正」に近い柔らかさがあるからこそ、寄席にもマッチし、ゆったり見られるのだと感じました。

林家正蔵師匠

  • 林家正蔵師匠

    林家正蔵師匠

「林家正蔵、登場!」と銘打った会だけあり、正蔵師匠を目当てにいらっしゃった方も多いのでは。大ベテランの登場に会場が一瞬パリッとしたのもつかの間、「トリがどなたかで客層っていうのは変わるもんで。先日、円楽師匠がトリの会に出ましたら、なんとなくお客さんも腹黒い人が多いような」とひと笑い。すぐに柔らかい空気へと変えてくれました。
腰の立たない主と十一歳の子どもが営む仙台一小さな宿「鼠屋」。そこに一泊することになった東京からの旅人(左甚五郎)は、主が悲しい目をしていることに気付く。理由を尋ねると、すぐそばにある仙台一大きな宿「虎屋」との関係が見えてくるが…。
まず印象的だったのは声です。丸みと厚みのある穏やかな師匠の声色は、子を想う主と、主と子を想う左甚五郎にぴったり。2人の優しい人柄がすぐに連想できました。また何より驚いたのは子の目。仕草で幼さを表現することはできても、師匠が演じる子の瞳はまるで子どもそのもののように純粋でキラキラ。50半ばの師匠が11歳に戻れる仕組みは一体なんなのか。衝撃的だったのと共に、その愛らしさと丁寧に描かれた健気さに思わず涙が出ました。正蔵師匠の「ねずみ」はすべてがあったかい。優しい気持ちになれた30分でした。
個人的な話で恐縮ですが、私はメディアでしか師匠を拝見したことがなく、タレントとして活躍されるコミカルな印象ばかりを抱いていました。プレビューにあった「師匠の落語は丁寧でありながら緊張を強いず、とてもあったかい」という言葉はどういうことなのか。それを知りたいという思いで、この日シブラクに足を運んだのです。…まさにその通りでした。「ねずみ」は名工伝にカテゴライズされることの多い噺。しかしこの日、少なからず私にとっては人情噺以外の何物でもなかったのです。テレビでの師匠しか知らない方は、今すぐ落語を聴いてほしい。そう思わずにはいられない、貴重な体験でした。
オチのあと、大きな拍手のなか高座に座り続ける師匠。手で制して拍手を止めると「雨の中、今日は本当にありがとうございました」と丁寧に挨拶をされました。そしてその日、終演後にロビーで真打昇進披露興行のチケットを手売りするわさびさんの宣伝まで。嗚呼なんと大きな人なのか。
【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」7/14 公演 感想まとめ

写真:武藤奈緒美Twitter:@naomucyo
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