渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 8月9日(金)~13日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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8月10日(土)14:00~16:00 柳家あお馬 入船亭扇里 立川吉笑 古今亭文菊

「渋谷らくご」語り口を味わう会

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プレビュー

芸歴6年目、二つ目昇進したばかりなのに、心地よいリズムで落語を流し込んでくるあお馬さん。笑わせるところは一箇所でいいと、ゆったりと語り込む扇里師匠。すでに独特のリズム感で独自の世界を築いている吉笑さん。落ち着いた語りなのに爆笑を連ねることも泣かせることもする文菊師匠。
語り口の緩急が交互に到来する会。落語とは芝居ではなく、語りなのです。


▽柳家あお馬 やなぎや あおば
25歳で入門、芸歴6年目、2019年2月二つ目昇進。先日ツイッターを開設したが、出演情報だけをストイックに告知するスタイルを貫いている。銭湯巡りが趣味。

▽入船亭扇里 いりふねてい せんり
19歳で入門、芸歴24年目、2010年真打ち昇進。食べられない時期は競馬で稼いでいた。熱狂的なベイスターズファン、今年もベイスターズ中心のツイートになっている、最近ベイスターズの調子が良いのでテンションが高い。先日久々に麻雀を打った。

▽立川吉笑 たてかわ きっしょう
26歳で入門、現在芸歴9年目、2012年4月二つ目昇進。もともとは酒豪だったが、酒断ちをしていまは炭酸水で過ごす。スマホゲームのドクターマリオを真剣に遊んでいる。「天気の子」を見て、やる気が湧いた。

▽古今亭文菊 ここんてい ぶんぎく
23歳で入門、芸歴17年目、2012年9月真打昇進。私服がおしゃれで、楽屋に入るとまず手を洗う。前座さんからスタッフにまで頭を下げて挨拶をする。まつげが長い。最近ダイエットに挑戦中。大学では漕艇部に所属、熱中していた。

レビュー

文:海樹 Twitter:@chiru_chir_chi(麻の魅力に目覚めた夏)

2019.8.10(土)14-16「渋谷らくご」
柳家あお馬(やなぎや あおば)-祇園祭
入船亭扇里(いりふねてい せんり)-将棋の殿様
立川吉笑(たてかわ きっしょう)-片棒・改
古今亭文菊(ここんてい ぶんぎく)-茶の湯

暑い、いや熱いかもしれない。毎日のように暑いからか、気付くと口から「暑い」という言葉が零れ落ちている。先日、バスに乗っていると老人が一人で、「暑いなぁ、今日も暑いなぁ」となかなかの声量で言っている。15分程度乗っていたのだが、その間「暑いなぁ」を繰り返し続けていた。暑いのだから仕方ない。
本日の会のプレビューを読むと「語り口を味わう会」とのこと。どんな二時間になるのだろうか、いつも通り楽しみ。

柳家あお馬さん

  • 柳家あお馬さん

    柳家あお馬さん

 先日、人生で初めて大阪の街を訪れた。新大阪駅でエスカレーターに乗ったところ誰もが右側に立っていて、これが本物のエスカレーター左開けかと少し感動した。意外だったのは、街中からそれほど関西弁が聞こえてこなかったことだ。正確には、私がイメージするテレビの中の関西弁が聞こえてこなかった。コンビニで買い物をしても、駅構内のうどん屋さんに入っても、スマホの会話に耳をそばだてても、絵に描いたような関西弁はそこにはなかった。あれはテレビの中の人が話している言葉であって、一般の人が話しているものとは少し違うのかもしれない。実際に足を運んで体験することで、異なって見える景色があるものだ。
 落語の世界にも関西弁の人たちは出てくる。「祇園祭」に出てくる京都人は、絵に描いたような京都弁でもって、絵に描いたように性格の悪いことを言う。こういう少しずつの刷り込みが、私の中で偏った知識の一端を築き上げているのだろう。あお馬さんの「祇園祭」に出てくる京都人も、期待通りの京都人だった。でもそこまで悪い気はしない。お酒が入るとああいうことってあるよなと、共感してしまうからかもしれない。それでも負けるな江戸っ子、と私自身は生粋ではない江戸っ子だけれども応援してしまう。京都生まれの人は、あの京都人の方を応援しているのだろうか。まだまだ私には見えない景色がある。

入船亭扇里師匠

  • 入船亭扇里師匠

    入船亭扇里師匠

先日、電車内で5歳くらいの男の子が「ねぇジャンケンしよ、ジャンケンしよ」と母親にねだっていた。億劫そうに母親がジャンケンをすると、「もう一回ジャンケンしよ、もう一回」と男の子は再びねだる。渋々と母親がジャンケンをすると、「ねぇもう一回ジャンケンしよ、もう一回」と男の子は果てし無くねだり続ける。この男の子のジャンケン欲求の恐ろしさは、終わりが見えないところだ。 大抵の場合、ジャンケンは何かを決めるために行われる。それはゲームの初めに順番を決めることであったり、残り一つとなった物を誰が食べるか決めることであったりする。これらは終わりのある一過性のジャンケンだ。しかしこの男の子は自らのジャンケン欲求を満たすために、ジャンケンをするのだ。そこに終わりは見えない。まるでゴールを教えられないままスタートした長距離走者のような恐ろしさがある。突然終わりを迎えるのかもしれないし、どこまでも走り続けなければいけないのかもしれない恐ろしさ。そんな風に考えながら男の子がジャンケンをし続けている様子を眺めながら思ったのは、彼が権力者でなくて本当によかったということだ。もし彼が手中に権力を収めていたら、ジャンケン欲求を満たしたいが為に周囲が慄くような悪政を行いかねないだろう。為政者の欲求が満たされるまで、人々は耐え続けなければならない。  
「将棋の殿様」は、そんな権力を持ったお殿様の将棋で勝ちたいという欲求によって周囲が迷惑を被る噺である。しかし扇里師匠だと、これは酷い殿様のパワハラだという気持ちにはならず、どこかほんわりとしていて、まるで昔話を聴いているかのような気持ちになる。世界からギスギスした雰囲気が感じられず、のんびりとした空気が漂ってくるようだった。

立川吉笑さん

  • 立川吉笑さん

    立川吉笑さん

先日、『昭和の落語名人列伝』という本を衝動買いした。本の中では名前だけしか知らない落語家の人物像や、その芸風について簡にして要を得る内容が書かれていて勉強になった。何より読んでいて収穫だったのが、いま自分が見ている落語は、脈々と継承されてきた結果として現在の形になっているのが見えてきたことだ。ある名人と呼ばれた師匠が弟子を取り、その弟子が師匠となって新たに弟子を取る。その一つ一つの世代の継承によって、いま私が見ている落語家さんに繋がっている。またある噺に加えられた工夫が継承され、次の世代のスタンダードになって定着していく。くだらないなぁというフレーズの一つ一つが、そうした継承のなかで生まれている。そんな当たり前で大切なことを改めて学んだ一冊だった。
 「片棒」は古典落語だが、その改作である「片棒・改」は吉笑さんの師匠である談笑師匠の工夫が詰まった落語だ。大規模で退廃的なパーティ形式の弔いを行おうとする長男と、ド派手にエレクトリックな葬送の行列を企む次男のキャラクターが、いい意味で吉笑さんらしくない。だからこそ、継承することによって新しい何かを生み出そうとしている姿勢が感じられて面白い。落語はこうして継承され、新しい何かが生まれていくと実感した。

古今亭文菊師匠

  • 古今亭文菊師匠

    古今亭文菊師匠

 先日、夜中にテレビを何となく点けていると、ある大きな会社の社長さんの昼ご飯を紹介する番組が始まった。見るともなしに見ていると、これがなかなか面白い。私が見ていた回に登場した社長さんは、自分は庶民派であると自負しているらしい。そのため会社のパーティでもいかにも高級そうな食べ物を選ぶのではなく、焼きそばや焼き鳥などを美味しそうに食べている。その様子を見ながら何かが微妙にズレている気がしたのだが、それが何なのかわからなかった。しかしその答えは次の場面で明らかになった。 その日の昼ごはんは部下たちとのランチミーティング。どうやら会社内には社長の食事専用の料理人がいて、その方が社長のリクエストした昼食を出しているらしい。さてランチミーティングで部下と共に食べるものとして何を選んだのかと画面の前で待っていると、その日のメニューは素朴な「ナポリタン」であった。なるほど、確かに庶民派っぽいメニューだ。部下の人たちも「あっ、ナポリタンですかぁ」と、心からかどうかはわからないが笑顔になっている。そんな部下たちに向かって社長は「いやぁ、みんながよく行くような喫茶店にはあるけれども、私ぐらいになるとなかなか食べる機会がなくてね」と得意顔である。そんな社長に向かって部下の一人が「いやぁ、私たちが行くような喫茶店ではナポリタンをなかなか見かけないので嬉しいです」と言っていた。そう、これが私の感じたズレの正体なのだ。「庶民派」は決して「庶民」ではない。この社長の頭の中にある庶民は「ナポリタンのある喫茶店」に行くのだろうが、現実の庶民が行くドトールやスターバックスのメニューにナポリタンはない。この小さいけれども決定的なズレは誰からも注意されず、社長はこれからも庶民派と思いながら生きていくのだろう。
「茶の湯」に出てくる隠居さんも、誰からも注意されないままエキセントリックな茶の湯を行う。誰も今さら注意することはできず、隠居さんは過激な間違いを続けたまま進み続ける。文菊師匠の「茶の湯」に出てくる定吉は愛らしく、それでいて我が身可愛さに他人を不幸の道へと引きずりこんでいく。いやぁ、笑ったなぁ、いつも通り満足。

【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」8/10 公演 感想まとめ

写真:武藤奈緒美Twitter:@naomucyo
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