渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 9月13日(金)~17日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

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9月17日(火)20:00~22:00 春風亭昇々 玉川太福* 三遊亭兼好 隅田川馬石「お富与三郎(五)」

「渋谷らくご」隅田川馬石「お富与三郎」(五)

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プレビュー

  馬石師匠が5分割して語ってくださる通し公演の五日目、最終公演です。流転、転落、どうしてこの二人はこうなってしまったのか。しかし、一途な想いというのは貫かれています。縁とはなにか、人を好きになるとはなにか、語られはしませんが、物語のなかにいろいろなヒントが埋まっています。ドラマチックなエンドを見届けてください。この日だけでも満足いただけます。
 その前に。陽気な3人組が並んでいます。二つ目のエキセントリック昇々さん、元気ハツラツ 浪曲の太福さん、そして明るく楽しく朗らかに 兼好師匠です。最高の番組になります。どうぞお楽しみに。

▽春風亭昇々 しゅんぷうてい しょうしょう
1984年11月26日、千葉県松戸市出身。2007年に入門、2011年二つ目昇進。楽屋で仲間を驚かせるためパンツ一枚になることがある。先日昇々Tシャツをつくった。Youtubeにてアバンギャルド昇々配信中。

▽玉川太福 たまがわ だいふく
1979年8月2日、新潟県新潟市出身、2007年3月入門。JFN系列にて放送中の「ON THE PLANET」のパーソナリティとして、毎週火曜日25時から出演中。落語芸術協会所属、寄席にも出ている。シダックス雷門店でお稽古をする。

▽三遊亭兼好 さんゆうてい けんこう
27歳で入門、現在芸歴21年目、2008年9月真打昇進。渋谷らくご初出演。イラストが得意で、ウェブサイトにも絵日記を公開している。着物に風呂敷包みのスタイルで行動していることが多い。

▽隅田川馬石 すみだがわ ばせき
24歳で入門、芸歴26年目、2007年3月真打昇進。フルマラソンのベストタイムは、4時間を切るほどの速さ。夏は汗をたくさんかいて、新陳代謝を高める。近所であれば自転車で行動する。隅田川を自転車で渡るときに感じる風が好き。

ーー隅田川馬石 「お富与三郎」通し口演ーー
 今月は、渋谷らくご初の試みとして、一人の演者が5日間連続で出演、しかも演目を、長い噺ひとつにしぼり、5日間に割って話すという趣向です。
 「お富与三郎」は、木更津を舞台とした江戸の恋愛物語。一筋縄ではいかない運命に翻弄される男女が主人公。
 どこか一日だけでも、あるいは飛び飛びで聴きにきても大丈夫なように、馬石師匠が語ってくださいますので、どの日に来ても安心です。もちろん、全日頑張ってきてくれるのもうれしいです! この公演のみ、毎日日替わりのポストカードをプレゼントです。

レビュー

文:海樹 Twitter:@chiru_chir_chi(今年の夏は初めての仙台に行ってきました)

9月17日(火)20:00~22:00 「渋谷らくご」
春風亭昇々(しゅんぷうてい しょうしょう) 「妄想カントリー」
玉川太福(たまがわ だいふく)・玉川みね子(たまがわ みねこ) 「佐渡に行ってきました物語」
三遊亭兼好(さんゆうてい けんこう) 「天災」
隅田川馬石(すみだがわ ばせき) 「お富与三郎(五)〜与三郎の死〜」

 予定通りに行動ができない。自分の中では完璧な計画を立てて行動しているつもりなのだけれど、気づくと予定から遅れている。電車の運転手には向いていないくらいの遅れ方。結果として落語会に行くときも、常に少しだけ急いでいる。開演時間を基準に行動するのではなく開場時間を基準にすれば、こんな風に渋谷の街で小走りにはならないのであろう。あるいは私の知らないところで、誰もがこのように小走りをしているのだろうか。それとも世間の人は小走りになっているのを周囲には悟られないようにする技術を身につけているのだろうか。私が風邪で小学校を休んでいる間に、みんな教わっていたのかもしれない、ずるい。
 ツイッターで会場にいると思われる人のつぶやきを見てみると、どうやら混んでいるらしい。あぁ、どうして私はもう少し計画的に行動できないのだろうかと渋谷の街を今日も小走り。家電量販店の前に来た時、私の少し前に和服姿でスーツケースを転がしながら歩いている男性を発見し、夏の終わりに浴衣でも着ている人がいるのかしらんと思ってよくよく見れば兼好師匠だった。なんだか少し気持ちがあたたかくなった。
 今日はついているのかもしれないと軽やかな足取りで会場に着いてみれば満員で、座布団席まで出る大盛況。私もちょこんと座布団の上で開演を待ちながら、どういう風に座ればいいのかとモゾモゾとしていると出囃子が聞こえてきた

春風亭昇々「妄想カントリー」

  • 春風亭昇々さん

 今年の夏の思い出は結婚式に出席したことだという昇々さん。新郎以外誰も知らないという環境で黙々とモグモグとパンを食べ続けたそうだ、つらい。そんなひと夏の思い出がテーマとなる「妄想カントリー」へ。
 青春(アオハル)したいと思うのは、私に青春がなかったからだろうか。私が悶々と青春がー青春がーと思っているうちに、気づけばとっくに朱夏の齢であり、このペースだと白秋・玄冬になるのもあっという間だろう。「妄想カントリー」の主人公のユミちゃんも、私と同じでキラキラとした青春を追い求めながら悶々としている一人である。
 絵に描いたようなキラキラとした青春の一コマを求めてユミちゃんは同級生のタゴサクを誘うのだけれども、どこか理想と現実とが噛み合わないもどかしさが続く。その嚙み合わない感じそのものが青春なのかもしれないし、青春とは異なる何かしらの個人的な問題のようにも思う。そんな乖離のもどかしさのイライラからユミちゃんが泣きそうになってしまう感じにもギュッとした気持ちになるし、ユミちゃんの青春に付き合いながらも自分が確立しているタゴサクの冷めた感じもわかる。共感ポイントが多いなぁ。
 単純でくだらないユミちゃんの鯉の真似に笑ってしまう瞬間と、ちょっとしたフレーズが自分の中にある柔らかな部分をギュッと掴む瞬間は、甘酸っぱい何かで青春風味のフレーバーを味わったような気分だった。

玉川太福・玉川みね子「佐渡に行ってきました物語」

  • 玉川太福さん・玉川みね子師匠

 本日太福さんが裏口から会場入りをする際に、大きな荷物を持った猫背の男がちょうど扉から出てきたという。日本広しといえども、この場所からこの雰囲気でこの猫背で出てくるのは松之丞さんに違いないと挨拶をしたところ、「あっ、どうも」と素っ気ない挨拶をされてから、「なんだ太福兄さんじゃないですか、出待ちの人かと思った」と言われたとのこと。自分は出待ちの人と思われたのか、ほんの数年前まではこんなことはなかったのにと、松之丞さんとの旅先での出来事を浪曲化した「佐渡に行ってきました物語」へ。
 他愛もない日常は切り取り方次第でとても面白くなると私は信じているのだけれども、まさに太福さんの「佐渡に行ってきました物語」はその魅力が詰まっている浪曲だ。少しだけ新幹線に遅れそうになってドキドキしたことや、下車する際にもたついて大丈夫かなと思ったこと、髪を切る時間が考えていたよりかかったことなど、結果として旅先では特に何事も起こらずに順調に進んでいる。けれどもそんな順調さの中にある一瞬の煌きのような心情の変化が、「〽ニクい人」として唸ることによって、とても魅力的な旅先での出来事へと変化している。この切り取り方がとてもよいし、好き。
「お富与三郎 島抜け」の際のヒリヒリとした闇と嵐が吹き荒ぶ佐渡島とは異なる、のんびりとした風が澄みわたるような佐渡島の魅力を感じた時間だった。   

三遊亭兼好「天災」

  • 三遊亭兼好師匠

 私にとっては約一時間ぶりの兼好師匠とあっという間の再会。兼好師匠の持っている、どんな環境も自分のホームに変えてしまう力はすごい。まだ二度目の渋谷らくごの出演であり、「お富与三郎」の通し公演の最終日という自分を目当てに足を運んでいるお客さんが決して多くはない環境であるのに、まくらで前に上がった出演者の話をしている間に気付くと全員が兼好ファンになっている雰囲気。きっとヤフオクドームにビジターチームの一員として兼好師匠が行っても、最終的には球場全体が兼好師匠を応援しているのではないだろうか。それがどんな状況なのかさっぱりわからない例えだけれど。
 愛嬌というのが具体的にはどのような形のものなのか、果たして形が存在するものなのかどうかわからないけれど、この兼好師匠の「天災」に出てくる八五郎こそが愛嬌ではないか。短気で喧嘩大好きでいながら臆病で弱いところのある八五郎、カッとなったら「眉と眉の間をトントントントンって名前を忘れるまで叩くね」とリズミカルに明るく危ないことを口にする八五郎、「うん、うん、ごめん、やっぱりわからない」と自らの無知を素直に表現する八五郎。明らかにどうしようもない人間なのだけれども、憎めない魅力がダダ漏れである。
 私もああいう愛嬌のある人間になりたいとケラケラ笑っていると、あっという間に終わってしまう30分間の短さ。えっ早くないか時の流れ、でも満足。

隅田川馬石「お富与三郎(五)〜与三郎の死〜」

  • 隅田川馬石師匠

 通し公演の最終日。佐渡島から江戸へと帰ってきた与三郎が、お富と再会し殺されるまでが描かれている。
 「泥棒!」の声に動揺し、思わず近くの店へと飛び込む与三郎。子どもが物を盗んだ犬を指して叫んだ声でさえ、自らのことのように思えてしまうほど後ろ暗く追い詰められている姿が一瞬で伝わってくる。けれども運命というのは不思議だ、偶然飛び込んだ店の主人の女房がお富だったのだから。運命のなかにはこのような不思議な偶然の一つ一つが、知られることもなくそっと存在していると思う。それは幸せな偶然なのか、不幸な運命なのか。
 江戸深川一のいい女であったお富は、身請けされた先の木更津での小さな幸せを維持することもできず、生き長らえた玄冶店でのわずかな幸せも与三郎の登場によって乱れていき、品川での生活も与三郎との再会によって終わりを迎える。
今業平と評されるいい男であった与三郎は、木更津でお富と出会ったことによってズタズタに体中を切り裂かれてしまい、江戸での密やかな生活はお富との再会によって崩壊していき、品川での再びの出会いによって終焉を迎える。
出会うことがなければ、そこそこの幸せな日々が続いていたのかもしれない。その決断をしなければ、ひっそりとした二人の生活が営まれていたのかもしれない。結局は誰も幸せになることがなく物語は終わっていく。一人は愛する女によって深く眠ったまま目を覚ますこともなく殺され、一人は愛する男を殺した罪によって処刑される。でもこれはこれで幸せなのかもしれない。 五日間の最終日、どこか爽やかな風が吹き抜けるような拍手をしながら、私はそう思った。

【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」9/17 公演 感想まとめ

写真:渋谷らくごスタッフ
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