渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 11月8日(金)~13日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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11月9日(土)17:00~19:00 柳家小はぜ 立川寸志 玉川奈々福* 春風亭一之輔

「渋谷らくご」一之輔シリーズ! with 玉川奈々福

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プレビュー

 古典落語を、これまで聴いたことがないほど新たな魅力で輝かせる一之輔師匠。5年前、「渋谷らくご」に道筋をつけてくださった大恩人です。今回は浪曲 奈々福さんを前方に、激推し中の二つ目 小はぜさんと寸志さんもお楽しみください。

▽柳家小はぜ やなぎや こはぜ
29歳で入門、芸歴7年目、2016年11月二つ目昇進。サラリーマンだったが、29歳の時に思い立って落語家になった経歴をもつ。写真に撮られるときは前歯を出して笑うタイプ。物事に動じないタイプ。黒い帽子をかぶる。かわいい靴下を履いている。

▽立川寸志 たてかわ すんし
44歳で入門、芸歴8年目、2015年二つ目昇進。編集マンをやめて、落語家になった。チラシの構成から、文章まで編集マンの能力を遺憾なく発揮する。携帯電話を紛失し、電話帳のデータが無くなってしまった。最近読んだ本は丸山眞男の『超国家主義の論理と心理』。

▽玉川奈々福 たまがわ ななふく
1995年曲師(三味線)として入門、芸歴24年目。浪曲師としては2001年より活動。2012年日本浪曲協会理事に就任。出版社をやめて浪曲師になった。「シブラクの唸るおねえさん」。喉がかれてしまった時は、朝ごはんに白米を食べる。

▽春風亭一之輔 しゅんぷうてい いちのすけ
23歳で入門、芸歴19年目、2012年3月真打ち昇進。三児のパパ。金曜日の午前中と日曜日の早朝はラジオパーソナリティとしても活躍中。ツイッターのアイコンを10年目にしてはじめて設定した。

レビュー

文:海樹 Twitter:@chiru_chir_chi(ジョーカーを観に行って暗い共感をした11月)

11月9日(土)17:00~19:00「渋谷らくご」
柳家小はぜ(やなぎや こはぜ)「蔵前駕籠」
立川寸志(たてかわ すんし)「将軍の賽」
玉川奈々福(たまがわ ななふく)・澤村美舟(さわむら みふね)「金魚夢幻」
春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)「味噌蔵」

 六周年記念興行ということで、今回は会の前後にサンキュータツオさんと木村万里さんによるトークコーナーがあった。時々落語会に行った際に木村万里さんをお見掛けするが、常にスッと立っている姿が美しい。トークコーナーでお話をされているときもスッと立ちながら、自分の知識と経験に裏打ちされた本物の言葉を話されているなと感じた。
どうしたって自分が紡ぎだす言葉というものは、生まれてから今までの人生の中でインプットしてきた以上の言葉は出てこない。だからこそ人間性というのは、その人の口にする言葉の中に残酷な程に表現されてしまう。友人と話をしているときに、この人の言葉は薄っぺらいなと感じさせない生き方をしたいと思っているが、はたして相手からはどう思われているのだろうかと不安になる。
こないだ友人と話しているとき、あまりに突拍子もない発言をしてしまったので「ごめん訳が分からないことを言っちゃったね」と言ったら、「お前がオカシイ人間だということは知っている」とバッサリと言われてしまった。そうかバレてたか、そもそも取り繕ってもいないしな。 トークコーナーを見ながらそんなことを考えていると、いよいよ出囃子が聴こえてきた。

柳家小はぜ「蔵前駕籠」

  • 柳家小はぜさん

 観ていると、しみじみと上手いなぁと思わされる小はぜさん。淡々と話しているようでいて、それ自体がどこか面白い。今回のまくらで話されていた渋谷らくごに出演するまでの経緯についても、とりとめのない話のようだがしっかりと構成されている。高級食材を使用してどうだどうだと主張する美味しさではなく、修行を積んできた料理人が食材を慈しみながら丁寧に調理したような淡々とした中にキラリと光る美味さが感じられる。
 「蔵前駕籠」も、これまた淡々と上手いなぁと感じた。駕籠屋に関する小噺でクスクスと笑った流れからスルッと噺の中に入っていき、蔵前周辺に夜ごと夜ごと現れる闇夜の追いはぎの風景が浮かんでくる。
落語の世界に出てくる闇夜の風景は、私の脳内が思い描いているよりも濃厚な闇夜なのだろうなと思う。イメージとしては暗闇の中で様々な体験をする「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」のような感じかもしれない。だからこそ闇の中からぬっと眼前に人が現れることの恐怖が、より強く表現されているのかもしれない。
  こないだ知り合いと話しているときに「落語ってサゲが面白いやつでしょ」と言われたのだが、曖昧な返事をしてしまった。初見の噺だとサゲはこれで終わるのかと感じる気持ちが強いが、何度も聴いている噺だと長距離走のゴールテープみたいなものだと思っている。短距離走の緊張感のあるゴールよりも、フワッと終わる目安みたいな感じ。
ただ「蔵前駕籠」は、私の基準ではサゲが面白い噺に入る。このサゲを言いたいが為の噺と言っても過言ではないだろう。そんな面白いサゲも過剰に見せるのではなく、スッと言って下がる小はぜさんは、やはり上手いなぁとしみじみしてしまう。

立川寸志「将軍の賽」

  • 立川寸志さん

 寸志さんの落語を聴いていると、常に心地よいリズムを感じる。初めはやや早口なのかなという風に感じさせるリズムは、耳が慣れてくると実に心地よくなってくる。それは寸志さんが口にする一つ一つの言葉が聞き取りやすいことが影響しているかもしれない、粒だったような言葉だからだ。
そんな心地よい寸志さんのパーパー話すリズムに合っている落語の中から、今回は「将軍の賽」だった。講談では「いつ・どこで・だれが・どのように・どうして」といった要素が数多く見られるけれども、落語ではあまり見かけない。どちらかといえば落語では決まった登場人物が登場する日常風景が多い。ただこの「将軍の賽」は黒船が来航した際の幕府内での出来事という物語なので、とても固有名詞が多い。そして私はびっくりするくらい固有名詞が覚えられない。
だから誰がどうしたといった事柄はよく思い出せないと言い訳をしてしまうが、固有名詞がわからなくても何となく心地よいリズムに身を任せた時間と、何となく面白かったなと思うだけで落語は十分に楽しい。帰り道に今日は何となく楽しかったという記憶を持ち帰ることが出来れば、それで十分ではないだろうか。それにしても申し訳ない。

玉川奈々福・澤村美舟「金魚夢幻」

  • 玉川奈々福さん・澤村美舟さん

 渋谷らくごにおける多様性として、落語だけでなく講談や浪曲を同じ演芸というジャンルとして提示していることが挙げられるだろう。落語・講談・浪曲と、それぞれのお客さんの層にはやや違いが見られる。けれども私はそれらのジャンルに関する意識というよりも、ただ純粋に好きかどうかで行く会を選択している。そんな風にジャンルという垣根を飛び越えて様々なものを楽しめているのは、最初に渋谷らくごという場所で「落語・講談・浪曲」といったジャンルを同じものとして受け止めたことが影響しているからだ。生まれたてのひな鳥が、最初に見たものを親と思うのと同じような感じかもしれないな。
だから寄席に行って際にもスマフォの電源はしっかりと入場前に切るし、噺の途中でガサガサとビニール袋の音をたてることもない。こういうマナーに関する事柄一つとっても、最初に経験した環境によってその後の楽しみ方が大きく変わってくるだろう。
 奈々福さんは、私にとって最初に味わった浪曲である。だから私が浪曲を観る際の基準は、常に奈々福さんが中心となっている。たぶんこれから先もずっとそうだろう。最初に素晴らしいものを味わうことで、その後のイメージは大きく変わってしまう。だから私は最初が奈々福さんでよかったなと、その喜びをしみじみと観るたびに噛みしめてしまう。
「金魚夢幻」は養魚場で生まれたある金魚と、その養魚場の主人との物語だ。なんじゃそりゃと思わず笑ってしまう荒唐無稽さもあれば、ふっと寂しさがよぎるかなしさもあり、感情がわちゃわちゃした気持ちになる。一つの物語のなかに笑いとさみしさがある、こういうわちゃわちゃした気持ちになるのが浪曲の好きなところだ。

春風亭一之輔「味噌蔵」

  • 春風亭一之輔師匠

 一之輔師匠はいつ見ても一之輔師匠していると思う。一之輔師匠するというのが、どのような状態なのかよくわからないけれども、見るたびに今日も一之輔師匠しているなという気持ちになる。そもそも一之輔師匠は一之輔師匠であるのだから、何をしたところで一之輔師匠している状態に変化は見られないはずだ。本人が一之輔師匠っぽくないことをしていたときに、見ているほうが違和感を抱いたとしても、それは一之輔師匠っぽくないことをしているでしょ俺、と一之輔師匠が一之輔師匠ぽくない一之輔師匠をしている状態だ。それぐらいどこまで行っても一之輔師匠は一之輔師匠しているなと思う。
 何を言いたいのかよくわからない文章だが、要するに一之輔師匠の「味噌蔵」はとても一之輔師匠している噺だということだ。ケチな主人に面従腹背な奉公人とのじゃれあいなのかと思わせるようなやりとりや、現状の切なさを語り合う奉公人たちの会話は愛らしい。
何より番頭さんが切々と語る幼少期のカツ煮体験の思い出の衝撃がすごい。奉公に出される前の父親との最後の食事風景、大好きだったトンカツを注文したときに父親の一言でカツ煮に変更された哀しみ、そして初めて口にしたカツ煮という食べ物の衝撃。
私はサクサクの衣を楽しみたいのでトンカツのまま食べる派だが、あそこまでみっちりとカツ煮という食べ物の魅力を語りこまれたら、どうしたって食べたくなる。
あれ「味噌蔵」ってこんなにカツ煮を食べたくなる噺だったっけという疑問がうっすらと脳内に浮かんできた次の瞬間には、もうケラケラと笑い転げていて忘れてしまうほどの衝撃。充実の上にも充実していた二時間だった、お腹は空いてしまったけれども満足。

【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」11/9 公演 感想まとめ

写真:武藤奈緒美Twitter:@naomucyo
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