渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 11月8日(金)~13日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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11月13日(水)20:00~22:00 柳家小八 柳亭小痴楽 柳家小里ん 入船亭扇辰

「渋谷らくご」シブラク名人会

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プレビュー

 渋いぜ! カッコいい! これこそが落語! と私タツオが思っている、最高の四人の登場です。
このほど真打に昇進した小痴楽師匠を間に挟み、若手真打の小八師匠、大ベテラン小里ん師匠、トリは「渋谷らくご」に出演し続けてくださっている扇辰師匠です。濃密な時間と空間を演出する扇辰師匠の「技」をご堪能ください。

▽柳家小八 やなぎや こはち
25歳で柳家喜多八に入門、芸歴17年目、2017年3月真打昇進。ファッションにこだわっていて、夏場は白いTシャツ姿で行動する。最近メガネを変えた。最近はちょっとずつツイッターを活用している。大食い。

▽柳亭小痴楽 りゅうてい こちらく
16歳で入門、芸歴13年目、2009年11月二つ目昇進。2019年9月に真打昇進。真打披露興行中は小痴楽師匠を慕っている後輩が次々とお手伝いにやってきた。そろそろ打ち上げをお開きにしたい後輩と、打ち上げを続行したい小痴楽師匠の攻防の写真がツイッターにアップされ、話題になった。

▽柳家小里ん やなぎや こりん
21歳で入門、芸歴50年目、1983年9月真打昇進。大の映画好き。浅草のパチンコ屋に出没する。浅草演芸ホールに出演する落語家さんが突然来られなくなり興行が滞りそうな時は、前座さんはパチンコ屋に走り、小里ん師匠を探す。浅草出身なので祭りがとにかく好き。

▽入船亭扇辰 いりふねてい せんたつ
25歳で入船亭扇橋師匠に入門、現在入門30年目、2002年3月真打昇進。ギターからピアノまで演奏する。iPadを使いこなし、気になったものはすべて写真におさめている。頑張った時は帰りの新幹線の車内で駅弁を食べながらハイボールを飲む。

レビュー

文:森野照葉Twitter:@MORINO7851992

柳家小八(やなぎや こはち)-粗忽の釘
柳亭小痴楽(りゅうてい こちらく)-巌流島
柳家小里ん(やなぎや こりん)-棒鱈
入船亭扇辰(いりふねてい せんたつ)-二番煎じ

「流されることなく流れをつくる」


 二年前、初めて渋谷らくごの会場に行こうとしてGoogleマップを使ったら、目的の場所と違う場所が表示されていて、右往左往した経験がある。いかがわしい店が軒を連ね、若い人達がガヤガヤとライブハウスやクラブハウスらしき建物の前に立っているのを見たとき、「本当にこの付近で落語をやっているのだろうか」と疑わしく思った。
今ではすっかり通い慣れて、周辺の建物に対して何も思わなくなった。ユーロスペースの簡素で飾り気の無い感じが好きで落ち着く。周辺の雰囲気や流行に流されることなく、五周年を迎えた渋谷らくごが作った流れに、私はぼんやりと身を任せて二年を過ごした。 今回はいつもより一つだけ多い夜の会に参加した。プレビューを見れば「シブラク名人会」と銘打たれてある。カッコ良くて、渋くて、これぞ落語な会が一体どんなものなのか、ワクワクしながら席についた。

柳家小八 粗忽の釘

  • 柳家小八師匠

 両腕をだらりと垂らして舞台袖から現れた小八師匠。まるでさっきまで面倒なことに巻き込まれ、なんとかしてその場を収めてきたような雰囲気。気だるそうで、全身に力が入らなくて疲れきった様子が、どことなく『刑事コロンボ』に見える。
床屋に入って散髪を頼むときのような、あなたまかせの風に吹かれて、小八師匠はそそっかしい人について語り始める。私を含めて、私の周りにはそそっかしい人がたくさんいるなぁとぼんやり聞いていたら、急に大きな風に煽られたみたいに、小八師匠の声は大きくなったり小さくなったりする。まるで一本の柳の木が風に揺れているかのような語り口で、小八師匠は『粗忽の釘』を語り始めた。
 本人は一所懸命に頑張っているつもりでも、空回りしちゃう人って、私を含めて周りにたくさんいる。洗顔クリームで歯を磨いちゃう人とか、古本屋で新刊買っちゃう人とか。そういう人って、「この人は何を考えているのだろう」って興味が沸く。私は気になってついつい観察してしまう。
 古典落語だから昔の人の話なのかと思ったら、現代にも同じような人がいることに気づく。そそっかしくておっちょこちょいだけど、その人なりの考えがあって一所懸命にやっている。小八師匠の表情を見たり、声を聞いていたりすると、「こういう人、いるいる」と共感して、応援したくなる。
引っ越し先へ持っていく道具を持ったけれど、引っ越し先がわからなくて迷子になる男。そそっかしくて失敗ばかりして、女将さんに怒られることを恐れる男の姿がとても可愛い。小学生の頃、毎日先生に怒られ、いつの間にか怒られることに慣れた自分を思い出してドキッとした。
 あっけらかんとしているのに、あっさり自分の間違いを素直に認める潔さがある男。ついついからかいたくなるような愛すべきおっちょこちょい。昔の言葉で『粗忽(そこつ)』な人と言う。女将さんの助言通りに行動をしても、おもいきり空回りしてしまう粗忽な男に親近感の沸く、面白い一席だった。

柳亭小痴楽 巌流島

  • 柳亭小痴楽さん

 だだだだっと舞台裏を走る音が聞こえ、ふらっと舞台袖から現れた小痴楽師匠。『SLAM DUNK』で言えば桜木花道のような人。まるで転がる岩のような人。粗野で常識外れのように見えて、相手のことを思いやり、面倒見が良くて素直な人で、先輩後輩から愛される魅力を持った愛嬌のある小痴楽師匠。様々なしくじりも力に変えていく生き様は、まさに落語の世界を地で生きる人。
マクラでは真打昇進披露興行を支えてくれる弟弟子の話や、出版した本の話を何の衒いもなく語る。からっとしていて、腹の中に何にもなくて、ありのままに生きている感じが見ていて気持ちがいい。
 自分に正直な人は憎めない。裏表なく素直に生きる小痴楽さんは、船に乗る人々の様子を語りながら『巌流島』という演目を語り始めた。
 傲慢な若侍や、商売っ気のある屑屋、野次馬の町人たち、呑気な船頭、老齢で知恵のあるお武家、大勢の人々を気持ちの良いリズムと語りでとんとんと描写する小痴楽師匠。語りの音を聞いているだけでも気持ちいい。まるで修学旅行のバスの中で、普段から喧嘩っ早い友達同士がふざけあうみたいな雰囲気があって、遠い昔に作られた古典落語が、とても身近な話のように聞こえた。無性に船に乗ってみたくなる。ぱっと晴れた青空と海の潮風を感じる。血気盛んな若侍が乱した空気を、とんっと一突きで変えてしまうお武家さんの知恵と行動が爽快だ。
 自分たちの身に危険が及ばないと分かった途端、掌を返して若侍に野次を飛ばす町人たちの姿が面白かった。動物園で獰猛なライオンに会うことを恐れていたのに、檻の中にライオンがいるのを見た途端に、野次を飛ばし始める子供のような雰囲気があって面白かった。  最後は若侍が海に飛び込み、ハラハラドキドキしながらオチを聞いた。流れるようなリズムと、気持ちの良い語り口。爽快な一席だった。

柳家小里ん 棒鱈

  • 柳家小里ん師匠

 ゆったりとした足取りで舞台袖から現れた小里ん師匠。タピオカミルクティーより豆大福と日本酒が合いそうな風貌。お酒の話から、酔った人の様子を語る姿が実に可愛らしい。派手さは無く、古典落語を古典落語のまま語る雰囲気。まるで墨一色のような簡素な語り口で描き出される古典落語は、遠い昔に生きていた人達の息遣いや表情を見ているかのようだった。
墨は五彩を兼ねるという言葉もあるように、小里ん師匠の言葉の一つ一つが、古典落語の世界に登場する人物たちをまるで生きているかのように活写していた。
上野にある横山大観記念館には、『漁火』という名の、墨だけで書かれた絵があるのだが、その絵は見れば見るほど絵が変化しているように見えて飽きが来ない。同じように、小里ん師匠が『棒鱈』で描き出す酔っ払いの男や、田舎侍や、芸者も、話しが進むにつれて段々と変化しているように思えた。遠い昔の時代に生きた人々の、他人を妬む気持ちや、調子に乗って唄を唄う様子や、それを微笑ましく見つめる人達の様子がありありと目に浮かんだ。
酔っ払いの男はどんどん田舎侍に嫉妬心を強めていくし、田舎侍も芸者に乗せられて謎の唄を唄い始めるし、芸者は芸者で最後には助けを呼ぶ。墨だけで奥行きや色彩の全てを表現するような、小里ん師匠の絶品の語りが心地いい。
 美しい墨の色は、汲みたての水と、墨の重さだけが硯にかかるような、弱い力で磨ることによって出来上がる。小里ん師匠の語りは正に、丁寧に磨られた墨を筆先に付け、じっくりと描く様を見ているかのようだった。

入船亭扇辰 二番煎じ

  • 入船亭扇辰師匠

 合気道の師範と紹介されても信じてしまいそうな立ち姿で、舞台袖から現れた扇辰師匠。自分を殺しに来た相手と即座に友人になってしまうような、静かで素朴な佇まい。五周年を迎えたシブラクの歴史の中で、最も記憶に残ったエピソードを語る扇辰師匠の眼は、自ら道を切り開き、道を示しながらも研鑽を積んできた達人のぬくもりを宿していた。
さぞ濃密で張り詰めるような緊張感漂う演目をやるのかと思いきや、凍えるような寒さの中で、火の用心の見回りをする人達が登場する『二番煎じ』を語り始めた。
 結構な頻度で火事が起こる江戸に住んでいる割には、火の用心の見回りに参加した人々はやる気が無い。みんな寒さに耐えきれず、自分の役割もしっかりとこなせない。仕事をまともにする気も起きないくらい、とても寒い時期なのだろうなぁと、扇辰師匠の表情と仕草を見て感じた。
見回りの人々は陽気に歌を歌ったり、道具を乱暴に扱ったりして、まったく身が入っておらず、それがとても面白かった。先生をしている人も、お店の主人も、普段は真面目に本業に精を出している筈なのに、一度本業から離れると、遊び心を発揮する不真面目さが人間らしくて好きだ。火事が起きないようにしっかり注意喚起するのが本来の目的なのだけれど、大人の油断というか、肩の力を抜いて互いに打ち解け合おうとし、様々に芸を披露する様子が可愛らしかった。
 さして効果があったかもわからない火の用心の見回りの後で、番小屋に戻り別の組と交代し、火鉢にあたる見回りの人々。それぞれ持ち寄ったお酒や鍋を出し合い、車座になって語り合う場面は最高だった。熱燗が飲みたくなったし、シシ肉とネギの入った鍋を食べたくなった。不思議にお酒の匂いがして、お腹が「ぐうー」となった。「この集団に混ざりてぇなぁ」とか「熱燗一緒に飲みてぇなぁ」という気持ちになった。「働かざる者食うべからず」なんて言葉を忘れてしまうくらい、一応の見回りを終えた人々の様子は賑やかだった。  一つの箸でシシ鍋を食べながら、熱燗を飲む様子を扇辰師匠が扇子と手ぬぐいだけで表現していることに驚く。高座には一人しかいない筈なのに、番小屋の中で五人くらいの人たちが顔を真っ赤にして笑いながら、火鉢を囲んで車座になっている光景がはっきりと見えた。すっかり酔って酔態を晒す先生や、お店の主人や、若い人や、粗忽な人や、しっかり者の人の表情とやりとりが面白い。お店の主人が漏らした「一人で飲むのは寂しい」というような言葉が胸に刺さる。心の底から「そうだよなぁ。一人で飲むのは寂しいよなぁ」と思った。大勢でワイワイ、ガヤガヤ飲んで、ふざけあって飲むお酒の美味いこと、美味いこと。古典落語の世界にタイムスリップして、一緒に飲みたい気持ちになるほど、目の前で本当に食べているかのような扇辰師匠の仕草が凄かった。
 酒と鍋で盛り上がるところへ、番小屋を管理する役人が戻ってくる場面には、思わず「おいおい、空気読めよー!」と役人に対して腹が立った。せっかくの良い雰囲気を壊され、パニックに陥る見回りの人々も面白かったが、雰囲気を乱した役人が最終的には見回りの人々と同じ気持ちだったことに気づいて笑ってしまった。こっそり番小屋の中の話も聞いていたのではないかと思うような発言もあって面白かった。
番小屋には、訪れた人ならどんな人でも仲間になって、一緒に楽しもうという、優しい雰囲気が流れていた。出来ることなら私も噺の中に登場したいと思ったくらい、素敵でささやかな宴会が開かれていた。
 これからどんどん寒くなって、熱燗もお鍋も美味しい季節になってくる。会社の忘年会もある。様々なイベントがたくさんある冬の到来を感じる素敵な一席だった。
ユーロスペースを出て、冷たい風に吹かれながら、私は「飲む!今日は熱燗を絶対飲む!」と固く心に決めていた。結局、一人で熱燗を飲んだ。熱燗が痺れるほど美味しかったのは、扇辰師匠のおかげだ。ありがとうございます。

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「渋谷らくご」11/13 公演 感想まとめ

写真:渋谷らくごスタッフ
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