渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2019年 11月8日(金)~13日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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11月10日(日)14:00~16:00 春風亭昇羊 柳亭市童 三遊亭遊雀 林家正蔵

「渋谷らくご」正蔵、登場:癒しの落語会

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プレビュー

 林家正蔵師匠が「渋谷らくご」にやってくる! しかも海千山千の技巧派 遊雀師匠との組み合わせで。これはもう楽しさしかない! この会は、語り口がとっても優しい落語家さんたちばかりです。押しつけがましくなく、それでいてたしかな個性を感じさせる語り口。気付いたら癒されている、という芸人のなかでも落語家にしかないようなパワーをまとった方々です。
 落語は初めてという方もぜひ!

▽春風亭昇羊 しゅんぷうてい しょうよう
1991年1月17日、神奈川県横浜市出身、2012年入門、2016年二つ目昇進。飲み会ではペースメーカーとなり、一番盛り上がった時にしっかりと散会させる技術を持つ。先日多賀城市立図書館でつくっている「読書通帳」を手に入れた。

▽柳亭市童 りゅうてい いちどう
18歳で入門、芸歴9年目、2015年5月二つ目昇進。2018年渋谷らくご大賞「おもしろい二つ目賞」を受賞。いまテレビを手放そうかどうか悩んでいる。帝国劇場で行われていたミュージカル「ラマンチャの男」を2回見に行った。

▽三遊亭遊雀 さんゆうてい ゆうじゃく
23歳で入門、芸歴31年目、2001年9月真打昇進。後輩の落語家さんのお兄さん的存在。写真を撮られるときは、メガネをおでこにかけなおす。酒豪。高校生の時、スーツを着て変装してちょっぴり大人な映画館にこっそり入ったことがある。

▽林家正蔵 はやしや しょうぞう
15歳で入門、芸歴42年目、1987年真打ち昇進、2014年落語協会副会長に就任。中学生の頃に聴いたマイルス・デイヴィスがきっかけでジャズが好き。街中華も好き。お酒も好き。

レビュー

文:高祐(こう・たすく) Twitter:@TskKoh 温かい飲み物が美味しく感じられる秋が嬉しい。

春風亭昇羊(しゅんぷうてい しょうよう)-時そば
柳亭市童(りゅうてい いちどう)-大工調べ
三遊亭遊雀(さんゆうてい ゆうじゃく)-風呂敷
林家正蔵(はやしや しょうぞう)-幾代餅

春風亭昇羊「時そば」

  • 春風亭昇羊さん

昇羊さんのお師匠さんは、笑点の司会の春風亭昇太師匠。まくらはその昇太師匠が結婚式を挙げられた際、昇羊さんが受付をした時のお話だった。お相手が元タカラジェンヌということで、お客様にもタカラジェンヌが多く、頭身のバランスに驚いたとのこと。圧巻は真矢ミキさん、そのオーラがすごく、そして「お化粧室はどちらでしょうか」という問いかけを受けて、「お化粧室」という言い回しと、自分だけにしか聞こえない声の大きさに衝撃を受けたという。いつ使うのかはともかくとして、「お化粧室」という言葉を、自分の語彙にしようと思った人は私だけでしょうか。
その師匠が若手真打時代に録音した「時そば」を聞き、蕎麦をすする音がおかしいので師匠に聞いたところ、水を飲みながら録音し直したという暴露話から「時そば」に突入した。師匠を酷評するだけあって、蕎麦をすする音がうまい。「あたりや」に入った江戸っ子の蕎麦は細い麺だったから、音も軽妙だった。一方、翌日間抜けな江戸っ子が「はずれや」で食べた蕎麦の麺は、とても重そうな上に、切れずに長い音を立てていた。美味しそうな蕎麦だけでなく、その不味そうな蕎麦の音も、きっと師匠に自慢できる。

柳亭市童「大工調べ」

  • 柳亭市童さん

柳亭市童さんの与太郎は、小賢しくなくて人が良い。たまたま先月も市童さんの落語で、与太郎と同じ役回りの噺を聞いたので、この日の噺も与太郎面目躍如の「大工調べ」と気付いた時にはとても嬉しかった。「いい仕事が入った、明日から仕事だ」と大工の棟梁に声をかけられるも、長屋の家賃を滞納していた与太郎さん、大家さんに仕事道具を借金のカタに持って行かれてしまっている。その仕事道具を棟梁と2人で取り返しに行く、という噺だ。
以前に別の噺家で聴いた時は、与太郎さんはその日暮らし、ちゃらんぽらんな人間だが、腕は立つ、という印象だった。一方、市童さんの与太郎は、お母さんの面倒はよく見るし、人柄は良い、むしろ人柄が良すぎて損をする、そういう人に聞こえた。
棟梁も単に江戸っ子の短気で相手(大家)をどやしつけるのでなく、相手の態度に本当に腹に据えかねて怒り出す、つまり江戸っ子にしては堪忍袋の「溜め」が大きくて、その分啖呵を切った時に、相手を圧倒する力も強い、そういう棟梁だった。啖呵を切った時の台詞回しも格好良かった。市童さんの与太郎や棟梁は人間味にあふれている、何より聞いていて気持ちが良い人々なのだった。

三遊亭遊雀「風呂敷」

  • 三遊亭遊雀師匠

この日は即位の祝賀パレードがあり、三遊亭遊雀師匠の時間あたりに行われた(はずだ)。「あの方々も、夫婦喧嘩などされるんでしょうかね」と問いかけた遊雀師匠、「同じ人間として、という意味ですよ」と補足していたが、確かに想像をかきたてられる対象ではある。そんなまくらから夫婦喧嘩が話題の「風呂敷」という噺に入った。
ある長屋の兄貴分のところへ、ある女房が駆け込んでくる。女房の旦那は夜遅くなるといって出て行ったので、女房は早めに湯に行き、戻って家でぼんやりしていたところ、イケメンの若い衆が旦那を訪ねてやってくる。すぐに帰すのもなんだから茶を飲みながらおしゃべりしていたところで雨が降ってきた。吹き込まれる前にと雨戸をしめた直後、遅くなると行っていた旦那が帰ってくるではないか。旦那は焼き餅焼きで、男の人がうちにいるとなると頭に血が上るからと、とっさに女房は若い衆を押入れに匿う。そして旦那を早く寝かしつけようとするが、旦那は押入れの前にどっしり座って、眠る気配はない。さぁ困った、兄さんなんとかしてくれないか。
観客はこのエピソードを3回聴く。1度目は女房が兄貴分に助けを求める話として、2度目は酔った旦那から兄貴分に聞かせる、対応のひどい女房の話として(若い衆のくだりは無い)、3度目は兄貴が今近所でこんな話を聞いてきたよと言って旦那に聞かせる話として。話す人が変われば話も変わると遊雀師匠は兄貴分に言わせていたが、確かにその通りで少しずつ味付けが変わる。そして聴く方は、繰り返されるたびに毎回違う可笑しさを味わわせてもらえるのだ。
余談だが、この女房には、多少は下心があったのではないか。湯から上がった夕方、なんとなく手持ち無沙汰のところに、イケメンの若い衆がやってくる、しかも折しも雨が・・・なんて、まるで別の噺、そう「湯屋番」の妄想話の逆バージョンではないか。語られていない登場人物の気持ちなんて考えてもしょうがないのだが、そんな女房の下心まで想像させられてしまった。本当に楽しい時間だった。

林家正蔵「幾夜餅」

  • 林家正蔵師匠

プレビュー編の紹介を読み、真打・正蔵師匠となられて既に30年以上が経つことに軽く驚くほど、こぶ平さんというお名前にも親しみがわく。そんな世代の者にとって、やはり正蔵師匠の噺を聴けることは新鮮な喜びだ。黒紋付で現れた正蔵師匠は私のイメージよりずっと細身で精悍でいらして、姿勢が良かった。この姿勢が、この日の一席「幾代餅」の清蔵の姿に重なっていく。
搗き米屋の真面目な奉公人、清蔵が突然寝込んだ。心配した女将さんが清蔵に訳を聞くと、なんと錦絵で見た幾代太夫に恋煩いとのこと。大名道具と呼ばれる幾代太夫に会えるはずなどない。しかし親方は1年頑張って給金を貯めたら会いに行けるという。清蔵はすぐに起き上がり、また一生懸命に働き出す、そして1年後、親方の心遣いもあって幾代太夫に会いに行く。
初恋が錦絵の美人画(!)という清蔵のまっすぐさが、正蔵師匠の、観客一人一人を見るように、少し高めの声で丁寧に語る姿と重なる。このレビューを書くために調べるまで、「清蔵」の漢字は「正蔵」だと思い込んでいたくらいだ(読めなくもない)。清蔵は働く姿も思い詰める姿もまっすぐで、素直だ。親方も、そして稀代の遊女である幾代太夫も、その素直さに打たれて自分のうちにある純粋さに触れる。生まれてこのかた遊郭暮らしの幾代太夫が語る、見てきたものは金と欲と見栄ばかり、だからこそ嘘のない清蔵に惚れた、という言葉には偽りがなく、聴き手の胸に迫った。
夢物語とはいえ万に一つくらいそんなこともあり得たのではないかと思いたくなる、そんな一席だった。

【この日のお客様の感想】
「渋谷らくご」11/10 公演 感想まとめ

写真:武藤奈緒美Twitter:@naomucyo
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