渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 8月12日(金)~16日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

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8月15日(月)20:00~22:00 立川吉笑、柳家ろべえ、春風亭一之輔、柳家わさび

「渋谷らくご」二つ目柳家わさび、トリ公演

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プレビュー

渋谷らくごで、どの回のどの順番に出ても、必ず仕事を全うし、印象を残すわさびさん。
共演者をつぶさず、自分も活きて、お客さんを幸せにする術をはやくも身につけています。
吉笑さんに負けてはならないと必死で挑んだ「死神」、若手落語家のなかでも出色の出来だった「紺屋高尾」、ニコ生中継の入った会では自作の「ステルス」や、新作落語「ぐつぐつ」でその存在感を印象づけてくれました。
芸人はネタ選びのセンスが8割を占めると私は思っていますが、その視点からするとわさびさんのセンスは抜群です。
今日はわさびさんにゆかりのある演者さんたちに集ってもらいました。
お客さんと一緒に、忘れられない夜にいたしましょう。
いま、注目すべき落語家、柳家わさび。生わさびの風味をご堪能あれ。


▽立川吉笑 たてかわ きっしょう
26歳で入門、現在入門5年目、2012年4月二つ目昇進。2015年『現在落語論』を出版。毎週独演会を開くプロジェクトが進行中。酒癖の悪さに定評がある。わさびさんが負けたくないと思っている相手のひとり。

▽柳家ろべえ やなぎや ろべえ
25歳で入門、芸歴14年目、2006年5月二つ目昇進。
趣味は、柳家喜多八師匠と同じくサイクリング。東京農工大学工学部卒業。物理学を学ぶ。来春、真打ち昇進が決定した。わさびさんとはおなじ「柳家」の一門で、師ひとり弟子ひとりという関係も似ていた。

▽春風亭一之輔 しゅんぷうてい いちのすけ
23歳で入門、芸歴16年目、2012年3月真打ち昇進。ヨーロッパでの落語巡業をおえて、日本に先日帰ってきた。
日本大学藝術学部落語研究会出身。わさびさんの先輩であり、わさびさんが落語と出会うキッカケを作った人物である。

▽柳家わさび やなぎや わさび
23歳で入門、芸歴13年目、2008年二つ目昇進。古典落語だけでなく、創作落語という隠し刀をもつ実力派。イラストが可愛い。
柳家さん生師匠に入門し、前座名「生ねん」。いまでは珍しい住み込みの前座時代を過ごし、人として強くなった。
「月刊少年 ワサビ」という毎月の独演会シリーズで力を磨いている。

レビュー

文:いとうなお Twitter:@naoxiang 会社員 自己紹介:夏休みはまだ取れていません。。

8月15日(月) 20時~22時 渋谷らくご

立川吉笑  /たてかわ きっしょう     「一人相撲」
柳家ろべえ /やなぎや ろべえ       「青菜」
春風亭一之輔/しゅんぷうてい いちのすけ  「加賀の千代」
柳家わさび /やなぎや わさび       「出待ち」

草食系の【柳家わさび】仮面の下は・・・どんなだろねと慈しむ会

大きな大きな拍手の中でわさびさんは深々とお辞儀する。座布団から降りて、更に深々と。
私も両手を強く打ちあわせながら、「ヤマダ・・・おめでとう・・よかった・・・!!」と心の中で快哉を叫んだ。
ヤマダを演じたわさびさんの素晴らしいトリの飾りっぷりへの賞賛を込めて。

多くの会社や学校が夏休みとなるこの時期は、寄席や落語会の顔ぶれに特別感あふれる企画が多く楽しみな季節でもあり、
渋谷らくごも例外ではなかった。先月は出演がなかった一之輔さんの復活、それだけではなく、日大落研後輩のわさびさんとの共演、更にわさびさんのヒザ前に入るという。開口一番は、Eテレ「デザインあ」のたぬき師匠こと吉笑さん、二席目は来春真打昇進されるろべえさん。見逃す手はない。余計な用事を頼まれないように会社をそっと出て、まずは18時開始の百栄さんと志ら乃さんの会に参加。その感想はまたの機会にするとして、19時にお二方の怪演・熱演が終り会場の外に出てみると、既に階段下1階フロアの奥の方まで長い長い列が続き、熱気に満ちていた。

期待は、どうしたって高まるわけで。

■立川吉笑 一人相撲

  • 立川吉笑さん

    立川吉笑さん

そんな日なので吉笑さん自身もホームな空気を感じられ「ウケなかったら逆に大変!」と軽快に走り出した。
時節柄なオリンピックネタから始まり、世界レベルの選手が持つと言われる特殊な能力であるゾーン状態について話す。
(ゾーン:極度の集中により他の感情や思考を忘れてしまうほど没頭している状態)「で、”ぞおん”という噺を作りましたが、それはYOUTUBEで見てください。『また”ぞおん”か』って思ったでしょ!」。はい、まんまと思った。こちらの安直な反応は完全に見透かされており、企みに気持ち良くだまされた。

マクラでは「吉笑ゼミ」という自身の会の話をされていた。落語と全く異なるジャンルの方にその魅力をプレゼンしてもらい、後半はプレゼン内容を即興で落語にする、吉笑さん曰く「地獄」のような会らしい。ある日の会でフリーアナウンサーの方がプロレス実況についてプレゼンをし、それを元にできたのが今回の噺。

マクラ標準語だったけれど、コテコテの関西弁で始まる。舞台は大阪。親方は相撲が大好きで、江戸は両国の回向院で繰り広げられる相撲が見たくてたまらない。ツテあって良い席も確保できるのに、立ち見している取引先と鉢合わせしてしまうのはバツが悪いと、観戦を十日間我慢してみたがどうにも限界。そこで番頭が一計を案じ、お店の小僧さんを何人も大阪から江戸に走らせ「結びの一番」を観戦させる。そしてすぐに走って戻らせ、勝負の様子を実況させて観た気になるというのはどうか、と。早速足の速い小僧さんが順に帰って実況を始めるが・・・。

帰ってきた小僧さんたちは、どうにも的を得ず余計な描写ばかりで知りたい情報が一つも出てこない。親方も感じているであろう気持ち悪さを私達にジワジワと感じさせてから「下手くそ!」で一蹴して、更に「足の速い奴は頭が悪い!」とこの時期に重ねてくるところが痛快。吉笑さんは語数多めで走り出したら止まらないから、こちらも必死に食らいついていく。聞いていると脳みそがぎゅーっと凝縮されるような感じがする。構造の妙がじわりじわりと効いてきた後にそれを破裂させるような笑いが起きたときの、解放感にも似た気持ち良さがたまらない。筋肉を縮めて伸ばして、落語脳が目覚めるラジオ体操のような一席。

■柳家ろべえ 青菜

  • 柳家ろべえさん

    柳家ろべえさん

休まず走る吉笑さんの次は、休み休みの行間に笑いを生むろべえさん。師匠の喜多八さん風にも見えた、緩やかで気怠そうな登場の後、楽屋入りしたときのわさびさんの様子や前座時代の懐かしいエピソードをちょっと勿体ぶって聞かせてくれて、トリのわさびさんがどう応酬するのかお楽しみ、というサービス。ポケモンやら整体で首ごきごきやらの近況を話されて、パチンとスイッチを入れるように「青菜」が始まったかと思えば、言わなきゃ分からない間違いがあったのか「やめちゃおっかなぁ!」とのけぞり天を仰ぐろべえさん。それでもすっと起き上がり自然と植木屋の台詞を続ける。こんな場面もライブならではの楽しみだろう。

夏の長屋が舞台の「青菜」。植木屋がご隠居宅で一仕事のあと、直し(柳蔭)という酒と鯉の洗いでもてなしを受ける。青菜は好きかと聞かれたが、結局切らしており出てこなかった。客人に失礼がないよう夫婦が遣った「隠しことば」の奥ゆかしいやり取りに感銘を受けた植木屋。自分もやってみようと帰宅すると妻がいつものようにけたたましく迎えるが・・。

緩やかなスタートからじわりじわり緩急が付き、それが増えてきて、後半は笑いがやむ間がないほど。植木屋がご隠居を演じるときの見えを切る役者のような姿は先日やはり渋谷らくごで観た立川生志さんの「青菜」とは全く違った演じ方、そして面白さだった。いわし大好きなおかみさんとのパワーバランスの演技にはリアルな家庭事情は影響するのだろうかなどと想像してみたりするのも楽しかった。風に吹かれる柳のような、さりげなくも存在感がある一席。


■春風亭 一之輔 加賀の千代

  • 春風亭一之輔師匠

    春風亭一之輔師匠

そして川上先輩。「今日はよく分からない取り合わせで・・」なんて言いながら、開場を待つ行列に驚き、渋谷らくご始めた当初はこんなに行列することはなかったと振り返り、いろいろあるが図々しくあるべきだ、きっとこの後はわさびさんが魅惑の世界に引きずり込んで焼きゴテを押すんでしょうなぁ、というここまでの一連の言葉は渋谷らくごやわさびさんに対する一之輔さん流の祝辞なのでは。とはいえわさびさんのヒザ前での演目については悩まれたそうで、大人げなくつぶすか、立てて花を持たせるか自問自答の末、奥様に相談され、断然花を持たせる方を押し、ただしどうやるかは自分で考えなさいと。そして先月末から月初までヨーロッパを巡られた話が続き、家族の旅費は自腹で大変!って話からの「加賀の千代」。

年越しの算段が立たない甚兵衛さんにかみさんが隠居さんへお金を借りるように知恵をつける。
言われた通りに甚兵衛さんを気に入っているご隠居さんへお願いすると、あっさり大金を出してくれるが・・・。

甚兵衛さんのつぶやきが時に一之輔さんの心情なのではないかと感じられるリアルな表現。お盆に触れ、死んだ人はかえって来ないという部分はあの方のことを言ってるのかなと勝手に解釈したりするのも見る者の自由であり楽しみ方の一つだと思う。私は、渋谷らくごにもご縁が深く大好きな喜多八さん(ろべえさんの師匠)を思い浮かべた。

甚兵衛さんのずるいよってくらいの無垢さと、ご隠居のぎりぎりアウトじゃないのというねっとりした偏愛ぶりの交錯。
大の大人の、なぜか可愛いくて可笑しくて照れくさくなるやり取りの後、サゲはすっと引く。甘さと冷たさと氷の触感を楽しんだ後、舌の上ですっと溶ける氷ミルクが食べたくなった。わさびさんを大人げなく叩きつぶす噺は、きっとまた聴けるだろう。

■柳家 わさび 出待ち

  • 柳家わさびさん

    柳家わさびさん

大きな拍手に包まれながらトリ登場、そして自己紹介。「こちらに名前が投影されております『完売御礼』でございます。」。
拍手と、その倍の笑いで一席が始まった。マクラで前の演者を受けるのはお決まりだろうけれど、ろべえさんのトスへのアタックは思わぬ方向へ飛んでって驚いた。勿体ぶる必要はないから言ってしまえばエロなんだけれど、ベクトルが独特。先輩・一之輔さんやサンキュータツオさんを持ち上げながらくさすところなんかも、あえてじゃないかと思うくらい爽やかな声と表情で発するから、闇が深そうに見えてむしろ魅かれる。わさびさんは今時の落語家さんには珍しく師匠宅に住み込みで修業をされ、「過去を消せ」と言われたそうだ。「師匠も弟子も高まりがすごい」と表現していたが、親の名前も忘れろとまで言われたそうだから厳しい修行生活がうかがわれる。とはいえ一之輔さんと共演すると昔を思い出すそうで、男同士の入浴話(最中に一之輔さんが股引?姿で登場するという愛あるハプニング)や、学生落語選手権の審査員とゲストがすごかった話など、宝物のような想い出話にこちらも心がきれいだった頃に戻ったつもりで聴き始めた、わさびさん自作の「出待ち」。

とある高校の文化祭。顧問一人、生徒ヤマダ一人の読書部、ならぬ太宰治研究会。顧問からヤマダへ、今年は教室展示ではなく体育館で朗読発表をしようと「出待ち」を餌に持ちかける。太宰治のアノ写真そっくりなポーズで言葉を発することさえおぼつかない内気さ全開のヤマダだが、「出待ち」つまり女生徒がファンレターを持ってくるという機会に魅かれ「人間失格」の一節を朗読発表をすることに決めたが・・・。

先生とヤマダ。そしてアナウンス部の女子、不良二人組、俳優ヤマシタとその知人。みな、良い意味で典型的なキャラクターに演じられているので場面展開がとてもはっきりしている。特に不良が登場するシーンは時代劇で流れてくる悪者登場っぽいBGMが聞こえてくるようだったし、女子学生特有の遠慮がちな発声と目線と間合いの言い回しが絶妙だった。とはいえ、やっぱりヤマダ。一言も発しない。教師の代弁はあったものの、顔が語っていた。顔がすべてを物語るとはこのことだ。見せ場の朗読の場面でさえ、一言もなし。こちらに想像をゆだねられたヤマダの雄姿は無限に大きくなっていく。
さすがの創作センスでその後も観る側を波立たせてからのサゲ。大団円を迎えレビュー冒頭の快哉に至る。

夏の夜にどかんと大輪のわさびさんが打ち上がった。


来夏はさらに大きく鮮やかに夜空を彩られると確信しています。
演者のみなさま、渋谷らくごスタッフのみなさま、素晴らしい夜をありがとうございました。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」8/15 公演 感想まとめ

写真:渋谷らくごスタッフ