渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2022年 8月12日(金)~17日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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8月15日(月)19:00~21:00 春風亭一花 橘家圓太郎 柳家勧之助 隅田川馬石

「渋谷らくご」古典まみれ

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プレビュー

 古典落語のまみれる公演。最初から最後まで、舞台となっている場所がだいたいおなじ時代、というのでオムニバスの映画をみるような気持ちでご覧いただきたい。とはいえ語り手が変わるだけで、全く印象が変わる古典の味わいも堪能していただけるはずです。二つ目の一花さん、若手真打の勧之助師匠、寄席の看板真打である圓太郎師匠、馬石師匠をたっぷり30分ずつ聴けるのも魅力です。こんな機会はなかなかありませんよ!

▽春風亭一花 しゅんぷうてい いちはな 落語協会
26歳で入門、芸歴8年目、2018年3月に二つ目昇進。インスタグラムに「江戸のおかず」をアップしていたが、最近は飽きている。白いシャツを着がち。先日、早朝から「ホットアップルパイ」を食べてみた。

▽橘家圓太郎 たちばなや えんたろう 落語協会
19歳で入門、芸歴41年目、1997年3月真打昇進。怒りん坊なキャラクターで、オヤジの小言マシーンぶりは渋谷らくごでも爆笑を生んでいる。先日「鼠径ヘルニアの手術」の手術を受けた。毎朝5時と9時に2回、イヌの散歩をする。最近は、そのイヌが日陰を好んで歩くので、猛暑を実感した。

▽柳家勧之助 やなぎや かんのすけ 落語協会
2003年21歳で柳家花緑師匠に入門、現在芸歴19年目、2018年9月真打昇進。ヤクルトスワローズファン。ネタおろしをするときは歩いて稽古する。先日、明治座でおこなわれた「吉幾三特別公演」に行って感動した。

▽隅田川馬石 すみだがわ ばせき 落語協会
24歳で入門、芸歴29年目、2007年3月真打昇進。フルマラソンのベストタイムは、4時間を切るほどの速さ。読売新聞オンラインでも元気なジョギング姿を披露するなどスポーツに関する連載をもつ。自転車移動を好む。落語を終えるとすぐに帰る。

レビュー

文:高祐(こう・たすく) Twitter:@TskKoh

春風亭一花(しゅんぷうてい いちはな)-茶の湯
橘家圓太郎(たちばなや えんたろう)-ちりとてちん
柳家勧之助(やなぎや かんのすけ)-道灌
隅田川馬石(すみだがわ ばせき)-お露新三郎

春風亭一花さん 「茶の湯」
ほんわかした雰囲気に少々の狂気を含む。それが一花さんの魅力だ。この日も冒頭のまくらから、狂気含みの柔らかな魅力を振り撒いていた。ブーケを買ってきて、一輪一輪分けて瓶に活けて飾るのが最近の楽しみとのこと。このエピソードのどこに狂気が宿る余地があるのか、は是非聞いてご体験いただきたい。
この日の本編は、大店の旦那業を引退したてのご隠居が、暇を持て余して始めた茶の湯に小僧から長屋、客人まで巻き込む「茶の湯」。このご隠居も決して悪気はない。悪気はないが、正気でもない。色と形だけ似せたお茶なんて飲んでみて気づくでしょう。羊羹代が高いから、さつまいもを蒸してこして、硬さが足りないから燃料用の油を入れるっておかしいでしょう。しかし一花さんの柔らかさに包まれると、その旦那の悪気のなさも際立ち、そして余計に怖い。
これは極端にしても、とんでもないものをお茶と称して飲ませてた旦那などはいそうだな、という気がした。いや、そう思ってしまったのも一花さんの力だったのだろうか。

橘家圓太郎師匠 「ちりとてちん」
ぼんやりと顔が赤くていらして、あれ一杯入っているのかしら?と思いきや、日中お嬢さんとお庭のプールで遊んでいらしたとのこと。こう書くとあやしくも取れるが、お嬢さんは小学生くらいで、プールは聞いた限りビニールプールだった。その昼間のプールで学校寄席で聞いたネタで延々と落語をさせられたとのこと。その時に思い出して、久々にやってみようとなったこのネタを、ということで始まったのが「ちりとてちん」の一席。
食通を気取って他人の食事に難癖をつける隣人に一泡吹かせるべく、珍味だと称して腐った豆腐を食べさせる噺だが、冗談抜きで吐き気を催せさせるあの圓太郎師匠の演技力はなんなのだろう。思い出しても「うっ」となる。色とりどりのカビが生えた、酸っぱい匂いのする腐った豆腐にまだ出合ったことはないが、あの圓太郎師匠の描写で十分だ。もちろん圓太郎師匠が気持ち悪いというのではなくて、腐った豆腐を思わせる喚起力の強さにひるむ。冷蔵庫の片隅にある賞味期限切れの豆腐をどうしたものか、悩む夏の夜になった。

柳家勧之助師匠 「道灌」
勧之助師匠によれば、この夜の回の出演者は全員、落語協会所属の落語家とのこと。そこには、なんだか親族の集まりのような雰囲気が生じるらしい。部外者にはちょっと想像ができないのだが、それだけ大きい「親族」の集まりというのは安心感を与えそうだ。現に、次の出番の馬石師匠の物まねを交えたやり取りの再現になんだか温かいものを感じた。
さて、勧之助師匠が演じて魅力的なのが、頭の回転も遅くないが早とちりの多い江戸っ子の職人だ。この日の本編「道灌」でも、ご隠居さん相手にぼけてみたり、突っ込んでみたり、でも結局最後はご隠居さんからにわかに仕込んだ短歌を、当然のごとく間違って読んで、ご近所さんを混乱に陥れる。テンポの良さと、とぼけた可笑しさがにじみでていた一席だった。

隅田川馬石師匠 「牡丹灯籠 お露新三郎」
この時期、トリが馬石師匠ときたら、もう覚悟するしかない。そう、怪談噺だ。でもこの前の回も怪談噺の回でなかったっけ?いやもう仕方ない。だって代演だった土曜日の回でも怪談噺をされたという馬石師匠、もともとトリだったこちらで演じないはずがない。「たっぷり演りますよ」といって始められたのが、三遊亭圓朝作の「牡丹灯籠 お露新三郎」の一席だ。
色白の格好良い男と深窓の令嬢が出会ったら恋に落ちると、落語では相場が決まっている。ところがご両人がいくら恋の病で衰弱しても、周囲の人々が彼らを結び合わせるべく騒動を起こす「崇徳院」という明るい笑い話に対して、「牡丹灯籠」はめっぽう暗い。何せお嬢さんであるお露は恋の病で本当に亡くなって!幽霊となり相手方の新三郎に取りつきに来るのだから。
その暗さ、怖さを倍増させるのが馬石師匠が響かせる「からんころん」というお露の下駄の音だ。下駄の音ひとつがこれほど豊かに心情を表すとは知らなかった。今日も新三郎に会えると思い、高らかに快調に響く「からんころんからんころん」、しばらくしてなんだか今日は様子がおかしいと気づいたように、歩調がややゆっくりになる「からん、ころん」、そして家の前まできて、どうにも家には入れないらしい、と不機嫌さすら感じる「からん。ころん。」
一方で、新三郎の心臓の音にも連動していて、「からんころん」の音が「今日もやってきた!」という彼の心臓の早鐘のようにも、息を殺すようにしかし荒くなっている呼吸のようにも、そして最後は覚悟を決めた一瞬のようにも聞こえた。
人生で一番怖い、下駄の音を聞いた夜だった。