渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2015年 9月11日(金)~15日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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9月15日(火)20:00~22:00 林家彦いち、神田松之丞、春風亭百栄、春風亭昇々

「渋谷らくご」ニュースター誕生! どこまで昇るか昇々

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プレビュー

時は来た。
渋谷らくご9月の最終公演は、春風亭昇々さんが、二つ目としてトリを取ります。昇々さんは、渋谷らくごが始まった去年の最初の公演からずっと出演をしてくださっています。そして「頭がおかしい」「狂気」と言われ続け落語をやってきました。そして確かに「頭がおかしく」て「狂気」に満ちあふれています。顔がカッコいいのに、目が怖い。言いたいことが言えない、言っても意見が通らない。友だちもいない。彼女もいない。デートにいっても三角形の内角の和の話をしてしまう。ロクな思い出がない。……この人のために落語がある!

観客を沸かせる力のすごさ、観客を巻き込んでしまうすごさ。一度昇々さんが爆発すると、客席からは渦を巻くように笑いが起きて、客席も一緒になって笑いで爆発して、これが記憶にいつまでも残る。渋谷らくごで忘れられない昇々さんの落語たくさんあります。今夜は昇々さんはどうなるのか、どうなってしまうのか!?

そんな昇々さんのトリを盛り上げるために、彦いち師匠と百栄師匠、そして松之丞さんが会場をひたすらに温め続けます。むしろ祝うというより、昇々さんを追い込みます。

この番組、一番芸歴が長いはずの彦いち師匠が、トップバッターで登場するんです。こんなことは前代未聞です。こんな失礼なお願いに応じてくださった彦いち師匠。自分の弟子でも、おなじ協会でもない二つ目のために! 武闘派新作落語家は、心まで強くて男前なのかよ!

次に登場するのが、講談の松之丞さん。熱狂を生む講談師、瞬間最大風速男。彼は昇々さんとおなじ落語芸術協会、そして若手落語家で構成している「成金」のメンバー、つまり同志です。同志がどう盛り立てるのか!? ここも注目です。

そして次に上がるのが、変態的かつ驚異的な落語を繰り広げ続けている百栄師匠。変態的というのは、落語に対して変態的ということ。いままで落語が持っていなかった新しい手法で新作落語をつくり続けている変態です。実は本当は繊細で、センサーを張り巡らせてどうすれば盛り上がるのか知り尽くしている師匠です。淡々と笑わせてくれるすごい落語家さんです。

すべては整いました。最後は昇々さんです。ニューヒーロー昇々の登場は、「待ってました!」の一言で迎えましょう!
9月15日21時30分から昇々さんの狂気に満ちあふれた落語がはじまります。

レビュー

文:木下真之 Twitter:@ksitam ライター

9月15日(火)20時〜22時「渋谷らくご」
林家彦いち(はやしや ひこいち)「睨み合い(にらみあい)」
神田松之丞(かんだ まつのじょう)「吉岡治太夫」
春風亭百栄(しゅんぷうてい ももえ)「フェルナンド」
春風亭昇々(しゅんぷうてい しょうしょう)「Dear パパ」

「「スーパー昇々ウェーブ」を起こした夜」

プロ野球の世界だと、球団はドラフト上位ルーキーを育てて、スターにする義務があります。落語の世界も、都心で200人キャパの会場を任されたからには、そのような気概を持っていて欲しいと思うのです。シブラクは今回、5月の神田松之丞さんに続いて、春風亭昇々という二ツ目の落語家を再びスターダムにのし上げました。何せ、今月の公演が始まってから、宣伝コピーとYoutubeの映像での煽りがすごかったですから、期待はいやがうえにも高まります。いいですね、こういうお祭り気分。それに応えるようにお客さんも大勢詰めかけて超満員の札止めに。5月の松之丞さんを見ているだけに、並々ならぬプレッシャーがあったと想像しますが、昇々さんは今持っている最高のネタで、最高のパフォーマンスを見せてくれました。

【林家彦いち-睨み合い】

  • 林家彦いち師匠

    林家彦いち師匠

演目を決め打ちせず、フリーで高座にあがってくる彦いち師匠って、ネタおろしの時と違ってまた面白いんですよね。先鋒を任された今日のような場合、徹底的にお客さんとの間合いを詰めてきます。だから前振りのマクラが長くなる(笑)。

殺気を隠してじりじりにじりよってくる彦いち師匠。次鋒につなげる意味でも大切なことは本人が一番承知しています。マクラの話は、空気を読まずに寄席から声をかけてくる国士舘の先輩の鉄板ネタで、愛すべき先輩を見つめる彦いち師匠のやさしいまなざしが印象的です。

本編は、平日の夜、京浜東北線で急停車した電車の中に閉じこめられた若者、おばちゃん2人組、グループ、サラリーマンの先輩・後輩の言動を追った実録もの。彦いちさんが2000年にNHKの新人演芸大賞を獲り、ドキュメント落語を確立した記念碑的作品です。

不良風の若者が発した言葉で一気に緊張感が走る電車内。「キレる若者」という言葉で巧みに状況を描き、衝撃のラストへ。他人に関心が薄れてきている2010年代の今、人との関わりがまだ感じられた2000年代のノスタルジーに浸れる落語でした。

【神田松之丞-吉岡治太夫】

  • 神田松之丞さん

    神田松之丞さん

いい感じのポジションを任された松之丞さん。キャリアは昇々さんの後輩ですが、シブラクでは推しメン1号なだけに、絶妙のアシストを決めました。「吉岡治太夫」はマクラで松之丞さんが紹介した講談の名人・小金井芦州の言葉「人間というものは、強いものは強く、弱いものは弱い」をそのままにした、勧善懲悪のお話。剣術使いの弟子が、敵役の道場主にいじめもどきのやり方で徹底的に叩きのめされる。その敵を討つのが師匠の吉岡治太夫というストーリーです。

松之丞さんは敵役の道場主を徹底して悪く描きます。吉岡治太夫の弟子と、敵役の卜部藤蔵との剣術の申し合いの場面が台詞と所作で描かれるのですが、一番残虐に感じる場面は、派手な台詞や所作よりも、張り扇で釈台をゆっくり叩くだけところなんですね。ポン、ポンと釈台を叩くだけで、「参ったと言うまで止めないよ」といたぶる敵役の卜部藤蔵の嫌らしい顔と、傷だらけになっていく弟子・清蔵が浮かんできます。この憎き悪役あっての吉岡治太夫。本当に爽快な話でした。

【春風亭百栄-フェルナンド】

  • 春風亭百栄師匠

    春風亭百栄師匠

落語に限らずエンターテイメントは「対立」のお話なので、誰と誰が戦ったら面白いかなと考えるのが好きなのですが、今回の百栄師匠のネタは、サッカーの試合中の選手とレフリーの2人でした。しかも選手が南米人でレフリーが欧州人。サッカーのフィールドの中でオフサイドを巡って言い争うなんて設定を、どうやったら思いつくのだろう。インチキ外国人の表現力といい、本当にすごいです。

権力のある人間と、ジャッジされる立場にある2人が対立する古典落語の「小言幸兵衛」は、コミュニケーションが成立しないまま終わるのですが、この作品は徐々にコミュニケーションが成立していくところにカタルシスを覚えます。さらに、選手とレフリーの対立の中に、なだめ役の同僚が入ることで、3人コントになる。ボケが2人になって、1人のつっこみが入ることで笑いの量も倍増するんですね。審判がその権限で出すイエローカード、レッドカードに続いていく新たなカードにも意外性があって本当に面白かったです。

【春風亭昇々-Dear パパ】

  • 春風亭昇々さん

    春風亭昇々さん

30歳で独身、仕事にも恵まれて、貧乏から縁遠い場所にいそうな昇々さんが、36歳で妻子持ち、売れない貧乏芸人を主人公にした夫婦愛の作品を作ったことが驚きでしたし、ストーリーのしっかりした人情喜劇を作ったことも驚きでした。今まで等身大のキャラで、カラッと笑える新作を聞く機会が多かったので、ウェットな路線に、「おーキター」と思ったわけです。

この作品を貫くのは芸人特有の「フリ」というやつで、ダチョウ倶楽部で言うところの「押すなよ」です。それが物語全体の伏線や主人公のキャラ紹介になっていて、単発のギャグにもなっている。なんて高度な技なんでしょう。ダメ夫とダメ妻の夫婦の描き方も最高です。今どき亭主関白で、芸のことで常にイライラしている芸人に、黙って付いていく女性はいません。いるかもしれないけど、そんな人物が出てきたらイヤです。昇々さんの描く夫婦は両方がダメだから共感できて、愛すすることができるのです。「ばっかじゃないの」の決めぜりふは気に入りました。。

最後に、ダメ夫が古美門研介風にまくし立てた後に訪れる突然のシリアスシーン。この部分に昇々さんの覚悟を見た気がします。作家脳的には、自分の男女観、夫婦感をさらけ出すような、メッセージ性のある台詞を書くのは恥ずかしいし、勇気がいることだと思います。芸人脳的にも「何泣かせようとしているんだよ」という葛藤があったのではないかと想像しますが、その壁を打ち破って重厚な人情噺に昇華させた。夫婦愛を描いた古典の「お直し」をそのまま覚えてやるのと、意味合いははるかに違うと思うのです。

改めて振り返ると、中野の某所でこの演目をネタおろしをした時や、以前の会で聞いた昇々さんのお父さんのエピソードが浮かんできます。その話を聞く限り、母親にだまって息子に大金借りてて返さない、わりと破天荒な昇々さんのお父さん。そんな父親がいるからこそ「Dear パパ」というタイトルになったのかなと想像してしまうのです。宣言通り「スーパー昇々ウェーブ」を起こしてみせた昇々さん。本当におめでとうございます。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」9/15 公演 感想まとめ