渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 4月8日(金)~12日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

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4月8日(金)20:00~22:00 春風亭昇々、古今亭志ん八、立川生志、神田松之丞

「渋谷らくご」松之丞が普通にトリをとる会

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プレビュー

 渋谷らくごは「初心者の方でも必ずご満足いただける」をモットーに、「落語ってなに?」という方でも必ず楽しめる番組をつくっております。しかしこの回の最後に登場する松之丞さんは、落語ではなく「講談」という芸をなさる方。落語でさえ一度も聴いた事ないのに、「講談」ってまったくわからないという方こそ、ぜひ来てみてください。先日twitterで松之丞さんは、「どう考えても、今業界に必要なのは新規開拓だわ。常連のお客様は大事だけど、それを口すっぱく言い続けたいわ」と言っておられました。このようなことを言えるのは、勇気と実力と覚悟がある人だけ。生半可な気持ちではこのようなことは言えません。過去3回シブラクでは最後に登場して、初めての方も巻き込んでしまう大熱狂と興奮を生み出している松之丞さん。度肝を抜かれること間違いないでしょう。講談とか、落語とか、ジャンルを聴くものではないのです。「神田松之丞」を聴いてください。

  昇々さんは、端正な顔立ちなのに、狂気を帯びている、若手の二つ目。グルーヴ感がすごいです。一方の志ん八さんも二つ目ですが、昇々さんと対極的な控えめな雰囲気。「ここ笑いどころですよ!!」とマーカーをひかずに、どこに反応しようがしまいが意に介さず、マイペース。でも、その実、爆笑を生み出す瞬間を、獲物を狙うライオンのように待ち構えています。新作のイメージの強い方ですが、この方の本領は古典でこそ活きます。

生志師匠は大真打ち。芸歴20年目の深みもありつつ、強烈な毒を含んだ枕も放つ。放送禁止用語も飛び出す。でも本当は優しい心を持っている方です。さあ、この真打のあとになにをやるのか、松之丞!



  • 神田松之丞

    神田松之丞
    写真:橘蓮二



レビュー

文:さかうえかおり 職業:会社員 年齢:31歳 趣味:ピアノ・箏の演奏

4月8日20時~22時「渋谷らくご」
春風亭昇々(しゅんぷうてい しょうしょう)「生徒と先生」 古今亭志ん八(ここんてい しんぱち)「ダイレクト過ぎる/ヨイショチャージ」
立川生志(たてかわ しょうし)「看板のピン」
神田松之丞(かんだ まつのじょう)「淀五郎」

横綱誕生の瞬間

3月27日で大相撲春場所が終わり、現在相撲ロスの真っ只中です。ま、千秋楽むかえたって45日待てばまた次の場所が始まるんですけどね。この45日間、ファンは黙って待っているわけではないのです。私の場合、録画した大相撲中継の編集作業に追われるんですが、番付を予想したり、稽古の見学をしたり、巡業を追っかけたり、物寂しさと戦いながらも人それぞれ忙しいんです。
このシブラクも大相撲と同じように、決まった日から決まった期間、決まった場所で開催します。もちろん、開催時期が終わればシブラクロスを感じます。なんでしょうね、シブラク以外の落語会もたくさん行くんですが、シブラクは大相撲と同じ心情スケジュールなんです。約一カ月待ちに待ったシブラクの初日、朝からソワソワ。セッカチなのでユーロスペースへの道のりも、ゆっくりなんて歩いてられず競歩かってくらいの歩調。私が急いだところで開演時間は変わらないんですけどね。

春風亭昇々さん(日馬富士・白鵬と同学年)

「生徒と先生」

  • 春風亭昇々さん

    春風亭昇々さん

相撲って面白いなぁと思ったきっかけの力士は、技のデパートと言われた舞の海でした。力士としては全く恵まれていない体格であるがゆえの、猫騙しや八艘飛びなど予想を越えた取り口。一方昇々さんの場合は、男子としては相当に恵まれたビジュアル。それ故なのか、それなのにと言ったほうが正しいのか判断つきませんが、見た目からの予想の越えっぷりたるや、清々しいものを感じます。
「生徒と先生」は、担任の先生が引きこもりの生徒・タカシを学校に来るよう説得に来る噺。この引きこもりの生徒がなんか腹立つんですよ。理屈っぽい。問答無用にゲンコツ食らわしたい。中〜高校時代に色々こじらせた人なら特にそう感じると思うんですよね。黒歴史の学生時代を過ごし、未だに中二病を患う身としてはタカシを見てて切なくなります。タイムスリップできるなら見てみたい歴史的なものが沢山ありますが、この噺聴いてるとそんなものより中学時代の昇々さんが見たくなります。
落語って、えてしてマトモな人間ってあんまり出てこない。分かってはいるけど、やっぱ先生には親身になって欲しいじゃないですか。が、いかんせん適当だしふざけてる。何の教科なのか本気で気になります。国語に一票。生徒に朗読させてる間にまた適当なこと考えてるんだろうなって。噺のサゲはそんな先生のクズっぷりが堪能できるものですが、何故か憎めません。
引退されてからだいぶ経つし小兵で多彩な技を持つ力士は多けれど、びっくりする相撲を取る力士って舞の海さんくらいだったんです。でも舞の海さんの取組って相撲の理には適っているのできちんと相撲なんですよね。昇々さんの落語は日常が舞台でおかしいところは何一つない。なのにいちいちビックリしちゃうのは、この噺が舞の海さんの相撲の組み立て方と通ずるものがあると思うんです。
…本当は、5月から始まる夏場所から新十両(落語で言えば新二つ目)の宇良も伸び盛りだし何をしてくるかわからないあたり昇々さんに似てるなぁと思ってたんですが、幕内で小結までいった実績と二つ目ながら過去シブラクで堂々のトリを務めたことも重なるのでここは舞の海さんかな、と。ちなみに、宇良くんと昇々さん世代は違いますが、同じ大学のご出身です。宇良くんが入門するとき、昇々さんの後輩かっ‼と若干小躍りしました。 。

古今亭志ん八さん(元・金塊山の高崎親方と同い年)

「ダイレクトすぎる」/「ヨイショチャージ」

  • 古今亭志ん八さん

    古今亭志ん八さん

レジェンドと言われた旭天鵬が引退した今、関取最年長の力士は巧者・安美錦。穏やかなお顔をしてますが、取り口がエグいくらいに巧い。大好きな力士が優勝争いしてるときに対戦してほしくない力士ナンバーワン。何してくるのかわからない。そんな安美錦のように穏やか〜に始まります。「今日は短い噺を2つやります」…はて?ちょっと意味は分からなかったので一旦聞かなかったことにして流しました。
「ダイレクトすぎる」日常ミステリー落語と言いたくなるような噺でした。郵便屋さんが普通の葉書を送り主から直接受け取って直接届けるサービス。物語の展開が読めなさすぎる。一コマ一コマで展開が変わるんです。えっ?えっ?となっている間にサゲ。そこか間髪入れずに次の噺のマクラに入る…。ほんとに二本立てだったんですね。で、「ヨイショチャージ」。今度こそお気楽に聴ける噺だなと思ってのんびりケラケラ笑っていると、またまた展開がおかしい方向に。ここまで安美錦にならなくてもいいだろうってくらいの安美錦っぷり。安美錦は取り組み後、勝っても負けても「そういう作戦だったか!」と唸ってしまうのですが、志ん八さんの噺も最後にそういう事かと叫びたくなる。しかも二本立て。短いながらも1つ1つの噺は前述のとおり聴き応えあるんです。それがまさかの二本立て。二本立てって普通なんですか?私、始めて二本立て聴きました。
巧いなぁーって力士の取組って、ウォーといちいち叫ばずに唸って巧さを噛み締めるんで、わりと観てても疲れないんです。落語もけっこう穏やかな語り口だとのんびり観れたりするじゃないですか。そんな、休ませてくれない安美錦と志ん八さん。展開読めないから一瞬の油断もできないんですよね。中毒性満載です。

立川生志師匠(小錦と同い年)

「看板のピン」

  • 立川生志師匠

    立川生志師匠

トリの前って、トリに向けた空気を作ったり、とにかく大変な出番らしい。…って、ザックリしててすみません…。とにかく、そんな縁の下を支える順番を毒と安定の生志師匠がつとめると。…まるで去年の春場所・夏場所の日馬富士じゃないですか!
この2場所、弟弟子の照ノ富士の優勝がかかっており、自身は肘の怪我の影響もあり優勝争いには絡んでいないものの、千秋楽での白鵬戦の結果で照ノ富士の優勝を左右するって熱い場所だったんです。もうね、涙なしに語れません。
って勝手な想像でワクワクしていたら、生志師匠は生志師匠でした。かなりな毒混じりのマクラをたっぷり。ひとしきり笑ってヘトヘトになったところで師匠の「もう落語やんなくていいんじゃねぇか」発言。そこでハッとしました。そうだ、まだ本題じゃない。そうなんですよ、千秋楽の結びの一番って優勝争いが絡まない時でも、横綱同士の意地がぶつかる特別な取り組みなんです。両横綱土俵に上がった瞬間から息ができません。で、最後の塩に分かれる時にハッとするんです。あれ、まだ相撲取ってなかったっけって。もはや2〜3番は取ってるかのように錯覚するんです。まさに生志師匠のマクラはこの感覚。既に一席聴いたくらいの心地よい疲労感。で、そんな満足感に浸ってるのを引きずり上げるかの如く始まる「看板のピン」。生志師匠の親分役が渋すぎる。一生ついて行きたくなるくらい渋くてかっこいいんです。かと思えば、親分をまねて儲けようとする若い奴の小者感。このコントラストがたまりません。終わった瞬間思いました。あれ、こんだけタップリやって時間のほうは大丈夫か、と。体感時間は45分くらいはありました。いちいち時計なんて見たら粋じゃないと思いつつ、一瞬時計に目をやったら、ちゃんと9時半。面白いとだいたい短く感じるものだと思ってましたが、そうとは限らないのが横綱対決と師匠の高座のようです。このタップリ感、なんだか得した気分。

神田松之丞さん(豊ノ島・琴奨菊と同学年)

「淀五郎」

  • 神田松之丞さん

    神田松之丞さん

松之丞さんのとるトリ、始まる前までは、千代の富士対貴花田を想像してワクワクしてました。あの取り組みは新時代の訪れの象徴ですから。高座は誰も戦いはしませんが、4度目とは言え二つ目の若手がトリって言われたら、どうしたって千代の富士を破った貴花田の若武者っぷりを思い起こすじゃないですか。
高座に上がると開口一発です。一発で物語の世界に引きずり込みます。千代の富士の前ミツを取るのと同じ速さです。「淀五郎」は歌舞伎役者の噺。歌舞伎には明るくないので、ただ物語として読んだりしたら理解できたかどうか。千代の富士の横綱土俵入りが相撲ファンでなくとも魅入ってしまうほどの美しさと同じように、興味の及ばないジャンルの噺であっても聴き入ってしまいます。自分に歌舞伎の知識が無いのを少し後悔はしますが、そんなこと全く支障ないくらい、目の前では白い着物に黒羽織でモノトーンの松之丞さんが、煌びやかに色鮮やかに歌舞伎を舞っているんです。目で見えるものと脳が見ているものが全く違う感覚って千代の富士の横綱土俵入り以来。
最後の切腹、松之丞さんは羽織を脱ぎ白の着物になりました。講談ではなく、歌舞伎でもなく、ましてや映画でもなく、大名の本物の切腹が目の前で行われようとしていました。
役者は舞台で恥をかいて成長するという主題、普通の会社員でも同じ教訓は感じます。そして、今後死ぬまで演芸の客でいたいと思うと、噺家さんがかいた恥をしっかり受け止められる客に、いつかはなりたい。落語会に行き始めてまだまだ数年のヒヨっ子なのに偉そうにすみません。でも、この「淀五郎」でそんな覚悟が芽生えました。それほどの切腹でした。観てる側の何かも抉っていく、苦しくも美しい切腹。こんな迫真の「淀五郎」をこの時期の松之丞さんから観れるのは、本当に幸せなこと。こんな圧倒されてもまだ二つ目。真打になったらどうなるんでしょう。印象としては終演後のトークでサンキュータツオさんも仰っていたように、まさに横綱相撲。大横綱・千代の富士と重なって見えたのですが、遅かれ早かれ大横綱になるのを予想できた貴花田の初優勝を観てる感じでもあるんです。もう一度言います。この会観れて本当に幸せです。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」4/8 公演 感想まとめ