渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 4月8日(金)~12日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

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4月10日(日)17:00~19:00 笑福亭羽光、柳家わさび、玉川太福、春風亭一之輔

「渋谷らくご」一之輔シリーズ! 期待の若手3人がとびかかる。

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プレビュー

 3月に「声優落語天狗連」という、いま大注目アニメ「昭和元禄落語心中」のイベントがありました。豊島公会堂には、落語をまだ聴いたことがない800人のお客さんが集まりました。その800人を前に媚びる事なく堂々と大ネタ「居残り佐平次」をぶつけ、客席を大爆笑に包み込んだ男、春風亭一之輔師匠が、この回のトリをつとめます。一之輔師匠は、ユニクロのヒートテックのCMにも出演されていたこともあって、一度はテレビでみたことがあるかもしれません。これから落語を追いかけようとしている方にこそ、まずは一度、一之輔師匠の落語に衝撃を受けてほしいです。年間平均で一日2回以上は落語をやっている男。執筆にラジオに引っ張りだこですが、シブラクに出続けてくださっています。

そんな一之輔師匠に挑む3人の若手。といってもみなさん独自の技とキャラクターを持っているツワモノです。トップバッターの羽光さんは、「漢落語!」とも言うべき、エロありナンセンスありの新作らくごの使い手。客席を絶妙な塩梅で笑いへと導きます。正統派の古典落語の使い手でもあります。二番手のわさびさんは、ひ弱そうな控えめな雰囲気。なぜかこの雰囲気に包み込まれて、心を許してしまいます。そうなったらわさびさんは懐深くまで潜り込んでくるように、心にすーっと響いてきます。くすぐったいようなピュアな笑いです。ディテールにまで計算された一席ですのでお見逃しなく!

太福さんは、浪曲という芸能の次世代を担うホープのひとり。浪曲ってなに?という方にも必ず響く「わかりやすい浪曲」をスローガンに活動をおこなっていらっしゃる方です。一度太福さんの浪曲を聴けば、虜になること間違いなしです。3人のツワモノが一之輔師匠にどう挑むのかも見どころです。




  • 春風亭一之輔

    春風亭一之輔

    写真:橘蓮二



レビュー

文:いとうなお Twitter:@naoxiang 30代女性 会社員 
自己紹介:「とと姉ちゃん」にはまりかけています。 

4月10日(日)17時~19時「渋谷らくご」 笑福亭羽光(しょうふくてい うこう) 「河豚鍋」
柳家わさび(やなぎや わさび) 「団子坂奇談」
玉川太福(たまがわ だいふく)・玉川みね子(たまがわ みねこ) 「三ノ輪橋とか、くる?」
春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ) 「百年目」

陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず

いつのまにか桜が咲いて、いつのまにか葉桜になっていき、今月もシブラクウィークがやってきた。 今年も花見らしい花見はできなかったし、と担担麺にビールをつけて少しいい気分になって向かった。

■ピニャ・コラーダ、底のほうに濃いのがいた。くるくる。

笑福亭羽光(しょうふくてい うこう)「河豚鍋」

  • 笑福亭羽光さん

    笑福亭羽光さん

「鶴光でおま」。いけないコトバを発している気がしてむしろ笑みがこぼれる。羽光さんはこのフレーズでおなじみの笑福亭鶴光さんのお弟子さんだそうな。一之輔さんを絡めた下ネタのマクラから始まって、ショート落語(!)はドラえもんにサザエさん。客席の様子をうかがってから、古典。ちょっと嬉しい。つい先月初めて羽光さんを見たのは新宿末広亭の深夜寄席だった。その時にかけられていたのは「俳優」という入れ子構造の新作落語。なんでも元々お笑いユニットを組まれ、同時に漫画原作も書かれていたという多才な方らしい。今は「本格派トロピカル上方落語家」を目指されているとか。謎すぎる。今回は、上方で「てっさ」「てっちり」と呼ばれる、つまり当たったら死ぬで!というフグ鍋に差し向かう旦那と幇間(たいこもち)が、毒を恐れて箸をつけられず躊躇の応酬をする。そこへおこもさん(乞食)が来たら、そして帰ったらという噺。ちょっとくぐもった声で発せられる関西弁のやりとりに妙な貫禄を感じられて、彼の古典をもっと聞きたい。擬古典もあり。コントや落語、いろんな才能が層になっているところをグイッと飲んだらグラスの底から濃いぃところが現れてちょっとびっくりしたような、これが羽光さんのトロピカルかと錯覚するような、そんな一席だった。

■甘くて爽やか、でもちょっとほろ苦のリモンチェッロ。

柳家わさび(やなぎや わさび) 「団子坂奇談」

  • 柳家わさびさん

    柳家わさびさん

わさびさんは「落語物語」(2011年公開)という映画に主演されているそうだ。引っ込み思案な若者がたまたま寄席で聴いた落語に魅かれて弟子入りして恋をして失敗して、そして・・というストーリー。なるほど主演だとうなづける、色白の線の細い青年が高座に登場した。ところが出るなり前の演者・羽光さんの「本格派落語」を弄り、この後トリで登場する大学落研の先輩、もしくは「神」である一之輔さんとの上下関係をショーンKもしくはホラッチョ川上さんを交えて語る頃には、線は細いけれど折ろうにも折れない芯があるんだとちょっとホッとして、江戸の士農工商、侍の噺が始まった。舞台は千駄木の団子坂。武家の次男坊・弥太郎が蕎麦屋の一人娘おきぬに恋をして実家に仕送りを貰いながら蕎麦打ちの修業を始める。花見時も過ぎ梅雨時になり蒸し暑いある夜、いつもと違う様相のおきぬは深夜どこへ行くのか。わさびさんの弥太郎は青春漫画に出てくるプリンスのようでちょっと甘酸っぱい。空気をたっぷり含んで発するひとことひとことが、弥太郎のまっすぐさと品の良さを大仰に感じさせて可笑しかった。ところが夜更けにおきぬが出てくるのを待つ長い長い間(ま)。シブラク中の意識が一点にぐっと集中して、苦しささえ感じた。まだか・・・まだか・・・。まるでおきぬの出を待つ弥太郎が乗り移ったかのような気にさせられてからの緩和、見事だった。甘いだけじゃない、可笑しいだけじゃない。わさびさんが奥に隠し持っている美味しい余韻をいつまでも楽しめる一席だった。

■微発泡、うすにごりの吟醸酒を口に含む。

玉川太福(たまがわ だいふく)・玉川みね子(たまがわ みねこ)「三ノ輪橋とか、くる?」

  • 玉川太福さん・玉川みね子師匠

    玉川太福さん・玉川みね子師匠

人生で浪曲を聴くのは二度目。以前聞いたのは「まさに」な作品で素晴らしかったけれど、どこか別世界の芸術のように感じていた。
知らなかった、浪曲に新作があるなんて。知らなかった、浪曲で歌わない(とこもある)なんて。しつこいようだけど、知らなかった、浪曲で笑えるなんて。初めは「まさに」な『天保水滸伝』の外題付け(げだいづけ:落語でいうところのマクラだそうです)を唸ったあとで、意味がサッパリという客席の反応をも笑いに変えて、新作を本題として始められたが、これが目からうろこだった。第一声が「ここ東京の電車は」、分かりやすい。舞台は下町の商店街「ジョイフル三ノ輪橋」(実在)の「喫茶フレンド」。待ち合わせの目的はカミングアウト。登場人物は、そのビフォーアフターに流れる微妙な空気をまとう優しい人たち。太福さんの大きな躯体から朗々と発せられる歌唱部分とは対照的に、彼らの言葉の選び方や間が繊細で絶妙で、自然と柔らかなおかしみがふぁーっと湧き上がる感覚は、春らしいうすにごりの微発泡酒を飲んでいるようで。営業時間中に長々席を外しちゃうわりには「待ちました?」と心配そうに戻ってくるマスターや、注がれたコップの水の多い少ない、「かっこいいイケメン」という意味の重複なんかが気になっちゃう先輩に「UCLA」を着た後輩。きっと彼らは今日もジョイフル三ノ輪で、ベロアのソファに座って微妙な会話を続けているんだろう。なんて優しくて新鮮な浪曲との出会いだっただろう。一口一口をゆっくり含んで楽しまねば。飲みこんでしまうのがもったいない、そう思った。

■角が取れてまあるい露のような大吟醸、熟成っぷりに目を見張る。

春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)「百年目」

  • 春風亭一之輔師匠

    春風亭一之輔師匠

一之輔さんの懐にはギラギラしたやつが収めてある。マクラではゆっくりそれを取り出し世の中の気に入らないコトひとつひとつの頬に冷たいとこをひた、ひた、と当てているようで、その刺さりそうな角度がたまらなく好きだ。ご自身でも「不遜に見えるかもしれないが」と語りながらも「人は誰でも生かされているところがある」と切り出して始められたのは、大店の一番番頭・治兵衛さんの噺。堅物で仕事に厳しく店の者には小言や説教ばかり。ところが遊び好きな裏の顔を持ち、旦那風の衣装で芸者達と屋形船で花見へ繰り出す。すれ違う舟にも顔バレしないようにと障子を開けずにいたけれど、茶碗酒に酔い興が乗ると土手へ上がって鬼ごっこ。そこで大旦那さんと鉢合わせして・・。表情や声色の強弱が絶妙で登場人物ひとりひとりの個性がくっきりと見え、中でも芸者衆の「鬼ィさぁん、こちぃら!」と囃し立てる一言はとても音楽的で気持ち良く、今でも頭の中でエンドレスリピートしている。向島の桜に、晴れ着に、温かい陽射し。文字通り華やかな隅田川の花見が高座から飛び出してくるようだった。物語が核心に進むと、番頭から格下げしないかと行く末にハラハラしたけれど、治兵衛さんが小僧だった頃の思い出話を交えながら大旦那さんは暖かく優しく諭し、その語り口は美味しいお酒がゆっくり喉元を通って胃に辿りつくまでのようにじんわりと沁みた。「まだ、角があるな」と諭す大旦那さんを演じる一之輔さん自身の角が大好きなのに、この贅沢でまろやかな味わいはどこから湧いてくるんだろう。一之輔さんは誰しもが持っている心の中の陰陽を自在に操る。時間以外の何かを超えて熟成された技か、それとも天性なんだろうか。半端な酔いはすっかり醒めて、あらためて一之輔さんの魅力を実感したいい時間だった。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」4/10 公演 感想まとめ