渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 7月8日(金)~12日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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7月11日(月)20:00~22:00 柳家緑君、神田松之丞、春風亭柳朝、立川生志

「渋谷らくご」松之丞シリーズ! パワーをもらえる月曜日

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プレビュー

 週始めの月曜日、なんとなく、気分が憂鬱。そんな方々に「明日からパワフルに生きよう!」と元気が貰える4人を揃えてみました。トリの生志は、毒舌中の毒舌からはじまるちょっと危ない雰囲気を醸し出している落語家。毒舌が炸裂するのは、世の中を深く観察して、斜に構えていらっしゃるから。猛毒にドキドキしてください。また生志師匠は、自然に涙が出てしまうほどの人情噺を繰り広げていただく事もあります。本当はやさしい方なんです。今回はシブラク初登場の緑君さんからスタート、すこし不穏な空気を感じつつシンプルで素敵な芸です。松之丞さんは、圧倒的な熱量で、衝撃を受ける事間違いなし。はり扇で、憂鬱な月曜の雰囲気をひっぱたいてくださります。柳朝師匠、先月シブラクに登場してくださり、もう30分間ずーっとくすくす笑っていられる軽さMAXの落語をご披露いただきました。この人の落語は、歌です。もうずーっと聴いていられる心地よさでした。ぜひこの回で元気を充電していってください。

▽柳家緑君 やなぎや ろっくん
16歳で入門、芸歴11年目、2010年9月二つ目昇進。落語界はじめての平成生まれの落語家。

▽神田松之丞 かんだ まつのじょう
24歳で入門、芸歴9年目、2012年5月二つ目昇進。この春、姉弟子の「神田鯉栄」師匠の昇進につき、事務手続きをこなした。独演会も多数。

▽春風亭柳朝 しゅんぷうてい りゅうちょう
23歳で入門、芸歴23年目、2007年真打ち昇進。趣味は銭湯巡り。柳朝というのは、師匠の師匠の名前。

▽立川生志 たてかわ しょうし
24歳で入門、芸歴29年目、2008年真打ち昇進、師匠でもある立川談志師匠との師弟関係を書いた「ひとりブタ;談志と生きた二十五年」が河出書房新社から出版。

レビュー

文:いとうなお Twitter:@naoxiang 会社員 自己紹介:ゆる過ぎる糖質制限中です。

7月11日(月) 20時~22時 渋谷らくご

柳家 緑君 /やなぎや ろっくん 「野ざらし」
神田 松之丞/かんだ まつのじょう 「鍋島の猫騒動」
春風亭 柳朝/しゅんぷうてい りゅうちょう 「鹿政談」
立川 生志 /たてかわ しょうし 「青菜」

■初物愛でて、ゲン担ぎ

初物を食べるときに東を向いて笑う家で育った。初物、「はしり」ともいうけれど、その季節に初めて収穫された食材を食すと福を呼び込み、長寿になる、縁起が良い食べ物の1つと言われており、笑う方角は地方によって西だったり出雲だったり様々らしい。そんな意味も知らずしみついた習慣で、先日、西瓜を買ったときにも「わははは」と東に向かって笑い声を放ってから食べた。
休み明けの月曜日、最高気温34度、もろもろ疲れた・・・そんなネガティブでもっさりした空気をとっぱらいたくて渋谷らくごへ向かうのは私だけではないはずと、勝手に他のお客様と心を一にした気になって。この日は、飛ぶ鳥を落とす勢いの松之丞さん登場、それ以外のお三方は「はじめまして」だった。しかも緑君さんは、渋谷らくご初登場という回。「覚めない夢」(井上陽水)という歌に「あなたを好きになれば幸せになれるかしら」という歌詞があるが、初めて観る演者の方への思いはまさにそんな、「この時間を幸せにしてください」というやつで。

■柳家緑君 / 野ざらし

  • 柳家緑君さん

    柳家緑君さん

ハイ、ひとめぼれ。自称・東出昌大という造作にではなく、張りのある声、そしてそのリズムに惚れてしまった。この人はまさに落語家として「はしり」と言えるのではないか。名人・柳家小さんの孫・花緑さんに弟子入りし2010年に二つ目昇進、今年で7年目らしい。「先日本当に東出昌大に会った、彼の前で一席やることになった、軽い小噺にしとけばいいのに落語脳(!)がスパークして、末廣亭で客席ただ一人の東出昌大を前に「野ざらし」をやった。」というマクラから、すす~っと本編に寄ったかと思えば「えー、”野ざらし”入りますよっ」ときた。小憎らしい!けど笑ってしまった。

長屋のお調子者・八五郎が、独り身のはずの清十郎宅に夕べ女の声を聴く。どこから引っ張り込んだ、壁にノミで穴を開けて”ご覧じ(ごろうじ)”たぞ、隅に置けない・・と詰め寄ると清十郎は白状する。向島へ釣りに行き、烏が飛び立つ葦を分け入れば「野ざらし」(骸)。酒を振りかけ手向けの句を詠み回向したところ、その骸が娘の幽霊となり礼に来た、と。あんなにいい女なら幽霊でも良いじゃねえか、と八五郎は清十郎の竿を奪い酒を買って向島へ行ったところ、その夜訪れたのは・・。

緑君さんは元気が良いのに言葉がふわっとせず、しっかりした骨(コツ)ならぬ骨格が感じられる。隅田川ののんびりした景色と陽気なサイサイ節を歌う八五郎を、かき回される水面側から眺めているようだった。これから伸びやかに「さかり」へ向かうのだろう。今はその少し手前の、やや淡白、でもうまみたっぷりな美味しいヒトサラのよう。一口含んだら、高知の辛口なんかをキュッとやってふわっといい気分にさせてくれる、そんな一席だった。

■春風亭柳朝 / 鹿政談

  • 春風亭柳朝師匠

    春風亭柳朝師匠

春風亭一朝さんの総領弟子だそうだ。芸歴23年、初物である「はしり」に次ぐ旬のうつろいを「さかり」そして「なごり」というそうだ。柳朝さんは「さかり」の人。松之丞さんの真に迫る怪談噺を縮こまって聴いていたことによる顔や肩の力みは、軽やかな大人の語り口ですぐにほぐされた。地方公演のエピソードや、それに絡めた小噺、旅先で名物を食べる良さ、そして各地の名物を仙台からだんだんに西へ向かい、リズミカルに紹介していき、すっと本編へ。まるで自分自身が旅人となり、西へ通ずる街道を歩いて歩いて、奈良にたどり着いたような気分になったところで物語が始まる。

興福寺東門前町の豆腐屋、正直者の与兵衛という男。夜も明けきらぬうちに起きだし豆を挽いていると、戸口で何やら物音。
大きな犬が一匹、湯気の立ったキラズ(おから=卯の花)の樽に首を突っ込んでむしゃむしゃ。大事な商売物を、と与兵衛が
シッシッと追っ払おうとするも立ち退かないため傍の松の木切れ?をぽ~んと投げると当たり処が悪く死んでしまう。
そしてそれは犬ではなく奈良の街では神の使いとされる鹿だった。騒ぎになり与兵衛はたちまち町奉行に引っ立てられ、
名奉行・根岸肥前守の取り調べとなり、奉行の取り計らいに与兵衛は・・。

前半は、多々ある東西のコトバの違いを『ご案内の○○』と細やかに解説をはさみ、後半、奉行所(=政談)の場面ではテンポよく畳み掛け、
登場人物それぞれの感情を奏でられた音楽のようだった。上品で、脂の乗り具合がちょうどいい一品が、波佐見焼かなんかに控えめに盛られていて、
山形の純米吟醸と少しづつラリーでいきたくなるような、そんな一席。

■立川生志 / 青菜

  • 立川生志師匠

    立川生志師匠

2008年真打昇進。ご自身で「立川流・苦節の二つ目」と称されていた頃もあるそうだが芸歴29年目、「さかり」も「さかり」。この日も「余裕」の塊だった。前日が参院選、という日のマクラ。談志×三原じゅん子エピソードがちょっと意外だったのはさておき、都知事選だけならまだしも政権云々の微妙な政治ネタを絶妙なサジ加減で展開する。結構真っ当だなぁと聞いていたら、結局は「政治的イデオロギーはなく立川談志教の信者ですから」でくるっと包んで、ぺろっと舌を出すかのような。全て積み重ねた時間が生んだ余裕のなせる技なのだろう。

夏のある日、植木屋は隠居から「ご精が出ますな」と労をねぎらわれ、酒と鯉の洗いをご馳走しようと誘われる。さらに「青菜は好きか」「大好物です」隠居は手をたたいて「奥や! 奥や!」と台所に向かって声をかける。隠居の妻は何も持たず座敷に現れ「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官(くろうほうがん)」すると隠居は、「ああ、義経にしておこう」。妻の咄嗟の機転、夫婦の上品なやりとりに感心して自分もさっそく再現しようと長屋に帰り、妻に有り合わせの酒と肴を用意させるが長屋は一間、座敷と台所を隔てるものがない。困った植木屋は、妻を押し入れに放り込んでしまい・・・。

植木屋の「ご精が出ますねぇ」という一言に、大人のやることなすことを真似したい子供のような、生志さんの、狡いくらいの愛らしさが凝縮されていた。
ところがサゲ。このサゲが全編の印象を取っ払い今日まで頭から離れない。今もなお生志さんの「青菜」を楽しんでいる最中だ。
こってり腹持ちよく、奥深さもあって、岩手のロックな個性的純米にも負けない強い余韻を残すヒトサラのような一席だった。

■神田松之丞 /鍋島の猫騒動

  • 神田松之丞さん

    神田松之丞さん

この日も怪談話なのに笑いが止まらないマクラから始まって、かと思えばおどろおどろしい猫の鳴き声の連続に身がすくみ、冷房の温度を下げる必要ないのではと思うくらいだった。暑い夏こそ、熱い熱い松之丞の怪談をおすすめ。

終わりに:
食いしん坊なもので、一旦私は何のためにこれを書いているのか、レビューのためか、自分の食欲をかき立てるためか、分からなくなりました。
(一応ダイエット中の身なのに自分を痛めつけてるなぁ、と。)今、とてつもなく、夏酒と白身の刺身が恋しいです。
せっかく『野ざらし』を聴けたので、かねてより気になっている向島のKに行ってみようと思います。シブラク周辺でもいい店がみつかると良いなぁ。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」7/11 公演 感想まとめ

写真:山下ヒデヨ Twitter:@komikifoto