渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 11月11日(金)~16日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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11月12日(土)17:00~19:00 瀧川鯉八 林家彦いち ★お楽しみ 橘家文蔵

「渋谷らくご」祝!三代目文蔵襲名 落語の振り幅

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プレビュー

 50日間の襲名披露を終えたばかりの、三代目橘家文蔵師匠。ひとりで50日間トリをとる、ということは、身体的にも大変なことですが、精神的にも技術的もタフな期間で、そのぶん飛躍的に芸がのびるとも言われています。
 鯉八さん、彦いち師匠と創作らくごで、現代人に直接メッセージし続ける時間のあとは、古典の世界へいざないます。
 古典も創作もない、落語は落語。

▽瀧川鯉八 たきがわ こいはち
24歳で入門、芸歴11年目、2010年二つ目昇進。2015年第一回渋谷らくご大賞受賞。フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキが好き。落語芸術協会の二つ目からなる人気ユニット「成金」メンバー。水曜日のカンパネラのコムアイさんが「鯉八さんが好き」とのことで対談している。落語界に新しい文脈を取り込んでいる。

▽林家彦いち はやしや ひこいち
1969年7月3日、鹿児島県日置郡出身、1989年12月入門、2002年3月真打昇進。
創作らくごの鬼。キャンプや登山を趣味とするアウトドア派な一面を持つ。10月は台風が来ている中でキャンプを決行するという武闘派。集中する朝は、土鍋でご飯を炊く。先日沼津で古今亭志ん八さんと釣をする。大漁だった様子。
創作から生まれた絵本「ながしまのまんげつ」(絵 加藤休ミ 小学館)が発売中!最近お弟子さんを取られた。

▽お楽しみゲスト

▽橘家文蔵 たちばなや ぶんぞう
24歳で入門、芸歴30年目、2001年真打昇進。
趣味は料理。ツイッターで、朝ご飯や酒の肴など、日々の料理をつぶやいている。50日間の三代目橘家文蔵襲名披露興行を無事に終えられる。今月の渋谷らくごは襲名披露興行を終えて凱旋。こどもの頃は三輪車のハンドルを裏返して「いしやきーもー」と叫んでいたとのこと。

レビュー

文:井手雄一 男 34歳 会社員 趣味:水墨画、海外旅行

11月12日(土)17時~19時「渋谷らくご」

瀧川鯉八(たきがわ こいはち)「ダイナマイト」
林家彦いち(はやしや ひこいち)「保母さんの逆襲」
入船亭扇遊(いりふねてい せんゆう)「厩火事」
橘家文蔵(たちばなや ぶんぞう)「化け物使い」

「もうがまんできない」


瀧川鯉八さん



  • 瀧川鯉八さん

    瀧川鯉八さん



 漫画「のだめカンタービレ」みたいな、天才が天才によって初めて発見されるまでを描いたノンフィクション落語でした。
 主人公の四六時中「ゲラッパ」とジェームスブラウンの歌を歌い続ける少年は、父親の失踪を切っ掛けに音楽に目覚めます。彼のもはや会話すらまともにできない様子から、それが彼にとってどれほど精神的に追い詰められる事件だったのかがわかります。それはおそらく、彼の出生の秘密に関する何かだったのではないでしょうか。
 ですが運命とは皮肉なもので、その「苦痛」から逃れるために歌い始めた「音楽」にこそ、彼の眠れる才能が開花します。それは既存の音楽概念を根底から覆すような大発明でした。
 しかし、すべての楽器を「打楽器」のように捉え直してしまったかのような、この「ファンクミュージック」は当初、なかなか人々から理解されません。「こんなものを放送するな、胎教に悪い!」などと、抗議の電話がラジオ局に殺到します。そんな時に現れたのがもう一人の天才、「のだめ」でいうところの千秋真一、この作品でいうところの彼の祖母でした。
 彼が野田恵の才能にいち早く気づいたように、この作品では彼の祖母だけが、初めて孫の音楽に静かに耳を傾けます。そして、最初は笑われるだけの変人だった「のだめ」が、千秋の指揮のもとで才能を爆発させ、人々の喝采を受けたのと同じように、彼の祖母が他のお客さんに、この音楽の「聴き方」というものを教えることで、初めて人々に彼の音楽が評価されるようになるのです。
 私が本作で特に面白いと思うのは、この「祖母が一番の理解者になった」という部分で、この音楽的才能は「血」であるということ、つまりは「ソウル」の継承がきちんと描かれているところです。ここから考えると、おそらく彼の父親も、音楽家だったのではないでしょうか。
 そして最後に観客の一人から、「アメリカ人の才能と日本人の才能が融合したんだ」という、孫の音楽の評価に対して、祖母が「年齢や人種なんてもんはどうでもいい!」と叱りつけるところで、この話は終わります。 
 作者の音楽愛に溢れた素晴らしい作品です。
 音楽なら「グレングールド」、画家なら「ゴーギャン」が好きな方にオススメです。


林家彦いちさん



  • 林家彦いち師匠

    林家彦いち師匠



 コーエン兄弟の映画のような、本人達は切実なのに端から見たら笑ってしまう、「人間はおかしくて悲しい」がテーマの劇場型犯罪落語でした。
 今作は年中雪が降っているような、さびれた地方都市が舞台で、主人公はとある幼稚園の先生なのですが、この女性はマセた幼稚園児たちに、自分の失恋のことをからかわれて、お遊戯をしている最中にポロポロと泣き出してしまうような人です。
 最初はそのやりとりがなんとも可笑しくて、情けないような感じで笑えるのですが、次第に「この消費者金融のコピーは間違っている」とか、「カッターナイフの刃があと一枚しかない」とか、わけのわからないことをブツブツ言いはじめて、ちょっと妙な気配が漂ってくると、次の場面ではいきなり銀行強盗をしています。
 私はようやくここで、「あ、しまった。この人は最初っからギリギリだったんだ!」ということに気がつきましたが、時すでに遅し。ここから、世にも奇妙な劇場型犯罪が幕を開けます。
 銀行の側からしてみても、この銀行強盗のような犯人は気の弱そうな女の人なので、一目みただけではまるで何かの「冗談」のようにしか見えず、それを見ている銀行員たちも、笑えばいいのか怯えればいいのか戸惑うばかりで、全く何もできません。
 しかし、ようやく「相手は小さなカッターしか持ってないんだから!」と、一人の銀行マンが立ち上がり犯人の説得に出ますが、幼稚園のお遊戯になぞらえながら金銭を要求する女性の、あまりの常軌を逸した行動にしどろもどろになってしまい、気がつけば「グーとグーで、アンパンマン!」などと、その異常なお遊戯に巻き込まれてしまいます。それを見ている周りの職員も、まるでお芝居でも見ているような気分になっているのか、彼をからかうばかりで、誰も助けにきてくれません。ついには銀行の重役から「もういいからさっさと金を渡して、仕事に戻れ」と、最後まで犯人も銀行側も「当事者意識などまるでない」まま、この事件は幕を下ろしてしまいます。そうです、実はこれは完全犯罪だったのです!
 音楽なら「Aphex Twin」、アニメなら「サイコパス」、または待機児童問題やアメリカ大統領選挙などの「時事問題」に関心がある方にオススメです。

入船亭扇遊さん



  • 入船亭扇遊師匠

    入船亭扇遊師匠



 アニメ「フルメタル・パニック?ふもっふ」のような、「素直になれない女の子」がテーマのラブコメ落語でした。
 出てくるヒロインの女の子が、いわゆる典型的な「ツンデレ」で無茶苦茶可愛く、彼女は相良宗介という旦那さんと、いつも夫婦げんかをしているのですが、その度に結婚の仲人をしてくれた元艦長のお屋敷に行って、「ねえ、聞いてよ!昨日、宗介ったら私が髪結いの仕事してるあいだに、またご飯の準備も忘れて諜報活動してたのよ~。ホントあったま来ちゃうんだから!あの戦争バカ!」と愚痴をこぼします。
 彼女がいつものように、頭からプンスカと煙を上げながら凄い剣幕で、旦那の悪口をまくし立てていると、今日はどうしたことか、普段ならおとなしく聞いてくれるはずのご隠居さんから、「・・・そんなにお嫌いでしたら。いっそ、お別れになってはどうですか?」と、ズバッと言われてしまいます。
 すると彼女は、「え?いや・・・でも、アイツだって、良いとこもあるんだから・・・」と、急に弱気になって旦那をかばうようなことを言ってしまいます。このあたり、かつて松本人志が「俺が浜田の悪口をいうのはいいけど、他のやつが浜田の悪口を言ってるのを聞くと腹が立つ」と言っていたのを思い出させられる場面で、私が元々ツンデレに弱いということもありますが、ここは最高に萌えましたね。いやーよかったですな!
 そこで一計を案じたご隠居さんから、「それなら、奥さんと諜報活動。どっちが大事か宗介さんを試してみたらどうですか?」といわれた主人公は、ドキドキしながら家に帰って、旦那が大事にしているスパイ道具を手が滑ったといって、わざと壊してみせます。しかし案の定、「千鳥。俺はお前のために、いつも諜報活動をしていたんだ」と、設備よりも自分の身体のことを心配してくれるところで、このラブコメはハッピーエンドを迎えました。
 ですが、私がこの作品で特に注目しているのは、この仲人のご隠居さんについてです。
 いくら結果的にうまくいったとは言え、「旦那の大好きなものを壊して、愛を確かめろ」とは、なかなか簡単に言えることではありません。もしここでさらに取り返しのつかない大喧嘩にでもなったら、一体どうするつもりだったのでしょうか?そうでなくても、彼女は旦那さんのことが本当は好きだというのは、目に見えているというのにです。
 私の考えでは、実はこのご隠居は、昔からこの「旦那さん」のことが好きなのだと思います。それで人の気も知らないで、あんまりしつこくノロケられるのもんで、ついこんな「キワドイ提案」をしたのではないでしょうか。
 愚痴もノロケもいいですが、あんまり度が過ぎると、それで足下をすくわれかねないというのが、今作の裏のテーマだと思います。個人的に、このご隠居さんには幸せになってもらいたいです。
 他にもアニメなら「とらドラ」、映画なら「ブロークバックマウンテン」が好きな方にオススメです。

橘家文蔵さん



  • 橘家文蔵師匠

    橘家文蔵師匠



 駄目な「よつばと!」みたいな、父ちゃんが全く活躍しない4ⅮX落語でした。
 主人公の「父ちゃん」は初老の男性で、長い間一人暮らしをしています。おそらく、その細かい性格が災いして結婚できなかったか、あるいは嫁に逃げられたかのどちらかでしょう。
 ある日のこと、この父ちゃんの家に「モクスケ」という神経のず太い使用人がやってきて、誰を雇ってもすぐに辞められてしまうこの神経質なご主人と、ようやく一緒に住んでくれることになりました。
 こうして、父ちゃんとモクスケの「近所との交流などなく、落ち着いてもいない、金だけで繋がった心温まらない共同生活」が、ひっそりとはじまります。
 そして三年の月日が流れたある日のこと、この父ちゃんが近所でも有名なお化け屋敷を衝動買いします。
「モクスケ、ついに家を買ったから引っ越すぞ!」と嬉しそうに言う父ちゃんでしたが、肝心のモクスケは「俺はお化けとか、目玉のカカシとかそういうのは大嫌いだから、そんなところへ引っ越すくらいなら、もうこの仕事は辞める」と言うではありませんか。これにはさすがの父ちゃんもびっくりしましたが、ここでモクスケのために「じゃあ、引っ越すの辞めようか」という話にはなりません。なんと、「そうか。じゃあ、さようなら」とあっさりモクスケより、新しい家の方を選んでしまうのです!このあたり、大変ためにならないところです。
 しかし別れ際、モクスケが父ちゃんに向かって、「あんたは人使いが荒いんじゃない。とにかく何事につけ無駄が多いんだよ」と、助言をして去っていきます。
 ここでようやく父ちゃんの性格が明らかになります。つまり、この人は別に「心が冷たい」とか「人を見下している」とかそういうわけではなくて、やることなすこと余計なことだらけで、ただ目の前のことに全部気が持って行かれてしまうという、「ものすごく不器用な男」だったのです。
 ですので、引っ越し先の屋敷に現れた「化け物」に対しても「怖い」とか思う以前に、さっきから気にしている「部屋を片付けたい!」ということの方が勝ってしまって、「せっかく出てきたんだから、これも何かのご縁だしやってもらおう」という常人には計り知れない、とんちんかんな発想になってしまうのです。逆にいうと、彼はああいう方法でしかコミュニケーションを取る方法がわからないため、例え「化け物」であっても、あんなに可愛らしく会話をすることができるというわけなのです。  この、近くにいるのは嫌だけど遠くで見ている分には面白い人。それが「よつばと!」のよつばと対極に位置する本作の主人公、「父ちゃん」です。
 映画なら「ウォルター少年の夏休み」、アニメなら「だがしかし」が好きな方にオススメです。


 以上、最初は「本物」というやつは、普通の人には理解されないとかいう以前に、まわりの人間にとってはどうでもいいし、実際はただひたすら迷惑でしかないという真実を暴いた衝撃の作品。
 二番手は、もし一般市民が非日常な状況に巻き込まれたら、リアリティーというものをまるで感じることが出来ず、うろたえることしかできないという姿を描いたブラックコメディー。
 三番手は、夫婦げんかは犬も食わないというけれど、あんまり度が過ぎると、「狼に食われてしまいかねない」という、かわいい女の子同士のつばぜり合いをちらりと描いた教訓話。
 最後は、なまじ人間なんかに生まれてしまったせいで誰からも相手にされず、化け物からすらも見放されてしまったが、それでも笑って生きているという、奇跡のような男を描いた仏教説話でした。
 これらの作品に共通しているテーマは、人生のあらゆる側面に潜んでいるストレスに辛抱できなくなった人間が、ついには爆発してしまうというものですが、こうして落語としてあらためてみてみると、少しの誤解や理不尽くらいは「心のもちよう」で、流せるものなら水に流してしまうことが、生きていくうえでは大切なことなんだなと強く感じました。
 色々と世間が騒がしい昨今ですが、家に閉じこもってばかりいると気持ちがふさぐので、落語でもぶらりと聞きに来て、時代の風をみんなで感じてみるのが精神衛生的にも一番いいんじゃないかなと思った次第です。
 どうもありがとうございました。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」11/12 公演 感想まとめ

写真:渋谷らくごスタッフ