渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2015年 10月9日(金)~13日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

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10月11日(日)14:00~16:00 柳家わさび、立川志ら乃、三遊亭遊雀、神田松之丞

「渋谷らくご」二つ目・松之丞、普通にトリをとるの巻

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プレビュー

この回のテーマは「わしづかみ」。4人の出演者が客席の心を一気にわしづかみにしていきます。
わさびさん、見た目ものすごいキュートです。ひ弱そうなTHE現代っ子のような感じ。落語の登場人物もひ弱そうなキャラクターばかりが登場します。だから自然に落語に入り込んで応援してしまうし見守ってしまう。この人、すべて計算です。

次の志ら乃師匠、「はやい・うまい・わかりやすい」の3拍子揃った落語家さんです。どこのポジションでも客席を最高の空気に持っていってくださるシブラクのオールラウンドプレーヤー。それなのに涼しげな顔をして楽屋に戻ってくる。憎い!

そして遊雀師匠。師匠の落語には、感情を爆発させるキャラクターが登場します。それを見ちゃうと笑わざるを得ない。遊師雀師匠の最大の魅力は、落語にとても温かみがあることでしょう、お日様に当たったようにぽかぽかした気持ちになります。そして、落語で「遊んでいる」感じがなんだかたまりません。「このセリフを言うためにこのネタやってるようなもんだ」というのは、よく師匠の口から聴かれますが、本当だと思います。落語にはとてつもなくくだらない会話やセリフがあります。そのくだらなさを共有したいがため、大いなる暇つぶしをお客さんとしているのです。「遊んでいる」感じが幸せを運んできます。遊雀師匠が終わった時に知らぬ間に心を「わしづかみ」されていることに気付くはず。

そして講談の松之丞さん、瞬間最大風速の講談もできれば、落ち着いた長距離走の講談もある。この日は特別な会ではなく、普通の回で普通に松之丞さんがトリをとる会です。すべてをこの二つ目にゆだねてみましょう。必ずや期待に応えてくれるはずです。

さて、貴方はどなたにわしづかみにされるか。そしてわしづかみされたら、最後。どっぷり演芸にハマるキッカケになるでしょう。

レビュー

文:蜂谷希一 20代男性 職業:会社員 趣味:映画鑑賞、短歌

10月11日(日)14時~16時
柳家わさび(やなぎや わさび)「湯屋番(ゆやばん)」
立川志ら乃(たてかわ しらの)「ヤマシタトモコ作〜さんかく窓の外側は夜〜より 死神菩薩(しにがみぼさつ)」
三遊亭遊雀(さんゆうてい ゆうじゃく)「くしゃみ講釈(くしゃみこうしゃく)」
神田松之丞(かんだ まつのじょう)「中村仲蔵(なかむらなかぞう)」

「松之丞、「普通にトリをとる」宣言の会」

開演20分前に会場に到着すると、すでに客席は半分以上埋まっていて、その後も客足は止まらず最終的には大入り満員に。それほど多くのお客さんが期待に胸を膨らませて集まってきたのは、やはり「神田松之丞さんが普通にトリをとる回」だったからでしょう。毎回こちらの期待を大きく上回るパフォーマンスを見せ、どんな高さのハードルも飛び越えてしまうような勢いにあふれた松之丞さん。2回目となるシブラクのトリでは何をやってくれるのか。ワクワクしながらやってきたお客さんに、松之丞さんは渾身の一席をぶつけてきました…! 柳家わさびさん、立川志ら乃師匠、三遊亭遊雀師匠がそれぞれの持ち味を発揮し、松之丞さんの垣間見せた「覚悟」に心が震えた、充実の会になりました。

【わさびさんが引き出す落語本来のポテンシャル】

  • 柳家わさびさん

    柳家わさびさん

ささっと小走りで登場したわさびさん。どこにでもいそうな普通の青年といった雰囲気で、「youtubeで素人の落語を見たら自分より上手かった」と話し出すものだから心配になってしまいますが、その実力は確か。内弟子時代の苦労エピソードから本題である居候の話へとスルスルとスムーズに入っていき、気づけば落語の世界へ連れていかれています。

わさびさんの落語の魅力はキャラクターのデフォルメ具合。ルックスが素朴でかわいらしい分、大げさに演じてもクドくはならず、登場人物たちが生き生きとコミカルに動き回る姿が見えてきます。そんなわさびさんの落語スタイルに今回の「湯屋番」はぴったりの演目。後半の若旦那が色恋沙汰の妄想を爆発させるシーンでは、自分の妄想に自分で照れてジタバタする姿がとにかく面白い! そして妄想する若旦那のテンションが上がれば上がるほど、その様子を不思議そうに見ている銭湯の客との温度差が際立って笑いが止まりませんでした。

一見、頼りなさそうな見た目ながら、落語の面白いポイントをしっかり引き出すポテンシャルを持っているわさびさんから今後も目が離せません。

【志ら乃師匠の新作は笑いと恐怖のハイブリッド】

  • 立川志ら乃師匠

    立川志ら乃師匠

面白い落語家さんはどこかしら「かわいらしさ」を持っているなぁと思うことがあります。個人的には志ら乃師匠の、マクラで自分が口走ったことに自分で笑ってしまう、あの瞬間にキュンキュンして仕方ないのです。「東急の北海道物産展が楽しくて遅刻しそうになった」とホクホク顔で話す志ら乃師匠が、とってもキュートに見えてしまうのは僕だけでしょうか……(いや、少なからず賛同を得られると信じたい)。

さて、そんな志ら乃師匠が今回演じたのはヤマシタトモコさんのマンガ『さんかく窓の外側は夜』を落語化した「死神菩薩」という噺。原作は未読なのですが、インターネットから拾った情報によると、霊能力を持つ書店員が除霊師と一緒に幽霊がらみの事件を解決するというマンガのようです(間違ってたらごめんなさい!)。志ら乃師匠は現代劇である原作を江戸落語の世界に翻案。自分の子供の命を救うため死神と恐ろしい契約をしてしまった女性を、2人の大工が助けようとする物語に仕上げました。

とにかくすごいのは笑いとシリアスの振り幅の広さ。大工2人のくだらないやり取りが終わったと思ったら、急に死神が現れ、自分の子供の命を救いたい一心の母親にこんな取引を持ち掛けるのです。
「自分の子供の命を救いたかったら、他人の子供たちを殺し、死体の頭と胴体、両腕、両足をつないで人形を作れ」
他の落語でここまで残酷な展開になる噺はなかなかありません。さっきまでニコニコしながら北海道物産展の話をしてた人とは思えないシリアスさ。

「なるほど、ここからどんどんと重苦しい物語になるのかな」と思っていたところにギャグがぶち込まれ、再び「笑い」の雰囲気に。かと思えばまたシリアス、からのギャグ、からのシリアス……。面白さと怖さを猛スピードで往復しながら、ラストは「死神が菩薩になる」という衝撃の爆笑シーンを迎えるこの噺は、別ジャンルの作品を落語に置き替えたことによる効果なのか、笑いとシリアスの入り混じった、他の噺には無いバランスの物語になっていました。

そして、キャラクターの描き込みによって、物語の世界にお客さんを引き付けて離さない志ら乃師匠の話芸にも圧倒されました。特によかったのは死神のノリの軽さ。普通なら声のトーンを落としていかにも不気味に演じそうなところを、妙に明るいキャラクターにすることで、言っている内容の恐ろしさとのギャップが生まれ、死神の狂気がより一層際立って見えました。

もちろん古典も面白い志ら乃師匠ですが、今回の「死神菩薩」のような他ジャンルを取り入れた新作落語を定期的に作っていらっしゃるので、また「落語ってここまでできるんだ!」と思わせてくれるような新作落語が生み出されることを心待ちにしています。

【トリへの絶妙なパスがカッコよすぎる遊雀師匠】

  • 三遊亭遊雀師匠

    三遊亭遊雀師匠

サンキュータツオさんのプレビューにもあったとおり、遊雀師匠の落語はキャラクターの感情の爆発っぷりが見どころ。喜怒哀楽がMAXに振り切っちゃった人が登場し、笑いを巻き起こします。しかも遊雀師匠は極端に声を張り上げたりはせず、声のトーンと表情だけで演じきってしまうため、感情が最大値まであふれ出てる人たちを演じても押しつけがましくなりません。パワフルな笑いと、柔らかくスマートな雰囲気を同時に成立させてしまっている遊雀師匠からは「達人」のような風格が漂っています。

そんな遊雀師匠がマクラ無しでスッと入ってったのは「くしゃみ講釈」という演目。講談師に恋路を邪魔された男が仕返しをしようとする噺です。マクラが無くとも、噺に登場する講談師の名前が「神田松之丞」に変わっていたことから、遊雀師匠の思いは伝わってきました。トリをとる若手へのお祝いと、愛のあるプレッシャー。「健忘症」という言葉さえ忘れてしまうようなユニークな主人公の右往左往で観客を笑わせつつ、さりげなくトリの松之丞さんを迎え入れる空気まで作り出してしまう遊雀師匠のカッコよさに心がしびれたのでした。

【松之丞さんが「中村仲蔵」で見せた覚悟】

  • 神田松之丞さん

    神田松之丞さん

今年五月、松之丞さんが初めてシブラクでトリをとった会には特別なイベント感がありました。橘家文左衛門師匠、春風亭一之輔師匠という実力と人気を兼ね備えた真打ちの後で二つ目がトリをとる、他では考えられない番組構成。それに加えて、サンキュータツオさんがプレビューで「この回は歴史になります」と煽りまくり、お客さんたちもそれに乗っかった形で、新たなスターの誕生を見届けようと詰めかける盛り上がりっぷり。松之丞さんもその期待に熱演で応え、それまでのシブラク史上最高の盛況を記録しました。

では、松之丞さん2度目のトリとなる今回はどうだったか。先にも書いた通り、今回は松之丞さんが「普通にトリをとる」会だと銘打たれていました。普通に、とは言い替えれば、「トリをとって当たり前というポジションに行くんだ」と宣言することでしょう。何の言い訳もせず、渋谷らくごのチラシで「充実のトリ陣」と書かれているような師匠たちと同じ位置の存在として戦っていくんだ。松之丞さんからはそんな気迫が感じられたのです。

演目は「中村仲蔵」。叩き上げの歌舞伎役者・仲蔵が独自の演出によって、歌舞伎の歴史を塗り替えていく物語です。同業者に対する意地、俺が業界を変えてやるんだという野心、生みの苦しみ、自分のやっていることが観客に伝わらないんじゃないかという不安…。仲蔵の心の動きがビリビリと胸に響いてくるのは、きっと松之丞さんも同じような想いを抱えてきたからではないでしょうか。

「自分には血筋はないが、客にウケたからここまで上がってこられた」と自負する仲蔵。「俺は人気があるんだ」と天狗になっているのではありません。仲蔵のそれは一度客に見捨てられたらおしまいという状況に身を置き続け、常に戦いを挑み、勝ってきたのだというストイックさに裏打ちされた誇りなのです。

そして、松之丞さんも今、仲蔵と同じところへ向かおうとしているように感じます。常に格闘し、常に最高得点を出し続けなければならない、過酷な場所に……。もちろん、これは僕の勝手な妄想なのですが、一時間近い松之丞の「中村仲蔵」にはそんな深読みまでさせてしまう力が確かにあり、胸が熱くなり思わず落涙してしまいました。松之丞さんは現在32歳。ということは、これから30年以上、その高座を追い続けることができるだろう存在です。そんな人が、普通にトリをとれるところまですでにやって来ているのは本当に嬉しいことだなぁ、とウキウキしながら帰路についたのでした。

【この日のほかのお客様の感想】
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