渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2015年 10月9日(金)~13日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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10月11日(日)17:00~19:00 柳亭小痴楽、橘家圓太郎、柳家ろべえ、隅田川馬石

「渋谷らくご」古典たっぷり! ファンタジー世界に身を委ねる

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プレビュー

翌日が体育の日で祝日、ゆったりとした日曜の夕方に、この出演者が揃う。優雅すぎ。
まずは小痴楽さん、ひたすらにリズミカルです。9日には代演も買ってでたほどやる気でみなぎっております! 26歳の若い兄ちゃんなのに、気風の良さが伝わってくる若手落語家さん。お父様が落語家という、サラブレットな家系だから、気持ち良いくらいサバサバしています。なので江戸っ子の町人をやっても、若旦那をやっても、説得力がちがいます。

次は圓太郎師匠。横綱相撲のようにどっしりと構えて、どんな状況の客席でも古典落語の世界にしっかりと誘ってくださいます。それは圓太郎師匠が、とても軽やかな描き方をされるからでしょう。古典落語を現代に合うように毎回細かいところを少しずつ変えています。一流の職人は、隠し包丁を使います。圓太郎師匠の落語を味わってみてください。

次がろべえさん。先月の渋谷らくごでは、「初聴きだったけど癖になりそうな噺家さん」という感想が寄せられています、どこか大きく惹き付けられるものがあるろべえさん。「まくら」も面白く、いま大注目の若手の落語家さんです。師匠の喜多八譲りのアンニィイさに、かわいげと色気が加わって、とってもいい感じ!

最後は馬石師匠。先月も出演していただきましたが、落語、神がかっていました。どこの瞬間を切り取っても笑えて、いつまでもこの時間が続いてほしいと願いたくなる極上の一席を披露してくださいました。決して濃い味付けはしていないのに、気付いたら大声を出して笑っている客席。いままで気付くことが出来なかった落語の面白さ、落語ファンでも落語初心者でも思う存分味わえます。毎回自己記録を更新中の、ブブカみたいな落語家さんです。 とても優雅な時間が流れ会場で身を委ねてみてください。

レビュー

文:梁観児 Twitter:@_yanakanji 物書き修行中

10月11日(日)17時〜19時「渋谷らくご」
柳亭小痴楽(りゅうてい こちらく)「一目上り(ひとめあがり)」
橘家圓太郎(たちばなや えんたろう)「禁酒番屋(きんしゅばんや)」
柳家ろべえ(やなぎや ろべえ)「夏泥(なつどろ)」
隅田川馬石(すみだがわ ばせき)「笠碁(かさご)」

「呼吸が合う噺家をみつける愉しみ」

【トークゲスト:小島なおさん】

  • トークゲスト:小島なおさん

    トークゲスト:小島なおさん

ゲストの歌人・小島なおさんはエンディングトークで「こんなにも(演者によって)呼吸がちがうなんて驚きました」とおっしゃいました。今回の演目はすべて古典落語、つまり江戸、明治、大正時代から繰り返したくさんの落語家によって演じられてきたものですが、飽きることなくそれを聴くひとたちが絶えないのはつまり、そういうことではないでしょうか。大筋は同じ物語でも、それをどう語るか、その呼吸がひとによって驚くほどに違います。今回の出演陣にも名を連ねるろべえさんの師匠、柳家喜多八師匠はよくマクラで「お客さんに合うかどうかがすべてです」とおっしゃいますが、要は「呼吸」が合う噺家を探す愉しみ、というのは落語を観るうえでとても大きいのだと思います。

シブラクは「初心者でも楽しめる」と大きく銘打った珍しい会です。落語を観るということはおそらく世間のひとが思うよりずっと易しい趣味ですが、誰を観たらよいかもわからない状態でアヤシイ雰囲気漂う寄席での長丁場や、いきなりの独演会は少しハードルが高いかもしれません。シブラクの番組は、初心者でもライトに、かつダイレクトに落語というメディアにアクセスできるよう工夫されています。

今回の出演者は、それぞれにちがった特色をもつ芸の噺家さんが四名。このなかのひとりでもピンとくることがあれば、そこからどんどん知見を広げてゆくことができます。お弟子さんが面白ければ師匠や兄弟子を、師匠が面白ければそのお弟子さんを、あるいは雰囲気が似通ったひとを、あるいは世代が同じひとを、というふうにどんどん愉しみがつながってゆくのが落語の奥深さでもあります。

【柳亭小痴楽さん】

  • 柳亭小痴楽さん

    柳亭小痴楽さん

最初に上がった二ツ目・柳亭小痴楽さんはお父さんが五代目・柳亭痴楽師匠という落語会のサラブレッド。まだお若くほっそりとした面差しで、それでいてどこか親しみの感じられるまさに「若旦那」といった雰囲気。メイクも衣装もなく老若男女を演じ分ける落語ですが、時が経つにつれてなんとなくそのひとの芸が顔に滲み出るような感じがします。十九歳で初高座とのことで、「二世」というだけではなく既に小痴楽さん自身の芸がその雰囲気をつくっているのかもしれません。マクラでは小さい頃は落語に興味がなく寄席でも色物(落語・講談以外の芸)の漫才などをたくさん観ていたとおっしゃっていました。そんななか始まった「一目上がり」も漫才を彷彿とさせる軽妙なやりとりがお客さんを引き込みます。ボケ担当ともいうべき八五郎がご隠居さんから得た付け焼き刃の知識をひけらかそうとして失敗する、という落語にはよくあるパターンの噺で、八五郎のそそっかしさ、愛すべきおバカさがストーリーをグイグイ進めてゆくのですが、小痴楽さんの「一目上がり」はふつうなら八五郎のボケに巻き込まれてゆくひとたちのツッコミが冴え渡ります。おっとりと八五郎の粗相を宥めるイメージのご隠居さんが八五郎に呆れ、鋭く切り返し、時には罵声に近い言葉を浴びせるさまを観ていると、なるほど頓珍漢な応答ばかりする八五郎の来訪を喜ぶのはこのツッコミをすることで若さを保っているのだなと納得してしまうほど。テンポよく、かといって勢い余ってお客さんを疲れさせることもない絶妙な口演で会場をあたためました。

【橘家圓太郎師匠】

  • 橘家圓太郎師匠

    橘家圓太郎師匠

ついで上がったのは真打・橘家圓太郎師匠。マクラでは小痴楽さんに対して「あんなにベラベラしゃべりません」とチクリ、落語から土俵を変え「男なら闘います」と小痴楽さんと同じく小学生のとき新聞社の俳句コーナーで入賞したことに触れたかとおもいきや、「見たものを短い言葉で表そうとすること自体がそもそもさもしい心!」と多方面にケンカを売りまくります。落語会ではこういった演者同士つながっていくマクラ、そのなかのバラエティではそうそう観られないような「毒」も愉しみのうち。慣れてくるとマクラの内容からその日の演目を当てるイントロクイズなんてコアな遊びも嗜めます。はじまった「禁酒番屋」は堂々たる風格、それでいて愛嬌も持ち合わせた圓太郎師匠のひととなりにぴったりの噺です。禁酒令が下された屋敷に仕える侍がとうとう我慢できなくなってしまい、頼まれた出入りの酒屋があの手この手で酒の持ち込みを企むもその都度屋敷に酒が持ち込まれないよう設置された通称「禁酒番屋」の侍に飲まれてしまい、とうとう意趣返しを……というストーリー。カステラの折や油瓶に偽装して酒を持ち込もうとする酒屋のやりとりもさることながら、侍たちもしかつめらしい顔をしながらお酒に目がないちょっとダメな男たち。このどこかコミカルなところのある侍たちを、一見コワモテだけれど目を細めれば途端に好々爺然とするギャップを持つ圓太郎師匠が演じるさまは堪りません。またどんな身分の人間も愛すべきおバカになってしまうのも落語の愉しいところです。

【柳家ろべえさん】

  • 柳家ろべえさん

    柳家ろべえさん

次いで高座に上がったのは二ツ目・柳家ろべえさん。演目「夏泥」は泥棒に入った家が想像以上に貧乏で、じつは家のなかにいた家主に逆に身ぐるみはがされてしまう情に厚い(?)泥棒の噺です。落語では縁起がいいものとして泥棒が出てくる噺がたくさんあります。演目のラインナップも初心者に優しくなっているのでしょうか。さて、「夏泥」の家主は博打で食い詰め仕事道具も着物も質に入れ、食べるものもなくなってしまった大工なのですが、ろべえさんの演じる家主は登場シーンからしてどこかホラーめいて迫力があります。食べるものも食べずやつれきっているのか本来の職人の荒々しさはなりをひそめているかにみえますがその迫力はさすが。ろべえさんのきりりとした眉と切れ長の瞳が醸し出す眼力が鋭く光ります。「殺すなら殺せ」と半ば脅迫的に見ず知らずの泥棒の情と恐怖心に訴えかけるさまは凄絶ささえ感じるほど。対して家財を盗もうと押し入ったはずが脅しも効かず、逆に持ち金をすべて渡すはめになってしまう泥棒はどこまでも人間臭く、家主に脅されほだされるがまま、やぶれかぶれになりつつ持ち金をすべて差し出してしまいます。だんだん悪さが逆転してゆくような家主と泥棒の問答がくせになるこの噺をストレートに演じるさまから、古典落語にいかに真剣に向き合っていらっしゃるかが窺えます。同じ二ツ目でも最初にあがった小痴楽さんとは対照的で、ろべえさんの芸には現代的なコミカルさはあまりないのですがその正統派の落語に引き込まれます。落語らしい落語を観たいなら、いま注目すべき二ツ目さんです。

【隅田川馬石師匠】

  • 隅田川馬石師匠

    隅田川馬石師匠

トリは真打・隅田川馬石師匠。演目は今回唯一の人情噺「笠碁」です。落語は笑いがメインの滑稽噺と泣かせにかかることが多い人情噺に別れますが、「笠碁」は人情噺のなかではかなりコミカルな部類に入ります。下手なりに碁が大好きで毎日打っていたふたりのおじいさんが、碁がきっかけで大ゲンカ。意地を張り合いますがお互いが唯一碁のレベルが合う相手、毎日顔を合わせていたのをやめたものだから調子が狂って家人にも迷惑をかけ、やっぱり我慢しきれず雨の中笠をかぶって喧嘩別れした相手を訪ねる噺です。くだらないことで意地を張り合い、仲直りを勧められてもなかなか素直になれない、どこか情けなくも愛すべきおじいさんふたりを、人情噺を得意とし品のある芸風の馬石師匠がどこかしっとりと魅せます。あまり声を張らずに「聴かせる」芸はさすがです。演題にもなっている笠をおじいさんがかぶったシーンでは、コミカルな動きとそれまでのギャップで会場を沸かせました。 通常の落語会では会が佳境に差し掛かるまで真打は登場せず、二ツ目が真打の後に上がることはほとんどないのですが、シブラクでは二ツ目と真打が交互に上がることで初心者に優しい独特のリズムがつくられています。また、その番組構成によっていい緊張感がうまれているようにも感じました。期待の二ツ目と円熟した真打どちらもあますところなく愉しめ、落語をあまり観たことのない方には今後落語を観るうえでどのようなひとが自分に合うのかの小手調べに、もともと落語が好きだという方にはあまり留意して観たことのない若手噺家のいわば「新規開拓」になると思います。どんな方でも、落語に少しでも興味があれば、シブラクで自分に「呼吸が合う」噺家をみつけることができるのではないでしょうか。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」10/11 公演 感想まとめ