渋谷らくごプレビュー&レビュー
2016年 3月11日(金)~15日(火)
開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。
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プレビュー
「リアリズムの扇辰」。扇辰師匠は、舞台に上がり静かに語り出します。師匠のお声を1秒聴いただけで「あっ、これやばいのが始まる!」と背筋が伸びてしまうはず。扇辰師匠は、オーバーも誇張もしない訥々とした語り口。けれどもハッと気付くと舞台上の師匠が消え、目の前には落語の世界の景色や情景ががばーっと浮かび上がります。扇辰師匠の落語から、落語の世界に流れる風を感じてみてください。どこか懐かしく、どこか新しい。幸せな気持ちになれるはず。
この回のトップバッターは、A太郎さん。2015年渋谷らくご奨励賞「奇妙な二つ目賞」を受賞なさった新進気鋭の落語家。異次元で奇妙な空間に客席を誘います。二番手が、左談次師匠。渋谷らくごのポッドキャストで左談次師匠の落語を配信したところ1日16000アクセスを超え、週15万アクセスを稼ぎ出してしまったほど、いまシブラクでは左談次師匠が熱い!! ダンディーな身なりから語られる落語は音楽性もあり、毒っけもあり。絶頂を迎え続けていると言っても過言ではない、気持ちよすぎる落語をお楽しみください。三番手は、いま演芸界を熱狂させている神田松之丞さん。大河ドラマ「真田丸」とコラボしたNHKのコンサートに出演して、いま全国規模で熱狂「講談ブーム」を起こしています。いや、「松之丞ブーム」! 客席の緊張と興奮、笑いをまるでコンダクターのように操ってしまう松之丞さん。熱量に満ち満ちた革命前夜の講談を身体全体で受け取ってみてください。
レビュー
文:ちあき Twitter:@chiaki_ichi 女 会社員 趣味:アウトドア、サイクリング
3月15日(火) 20時~ 22時「渋谷らくご」
昔昔亭A太郎( せきせきてい Aたろう ) 「芝浜」
立川左談次( たてかわ さだんじ ) 「錦の袈裟」
神田松之丞( かんだ まつのじょう ) 「寛永宮本武蔵伝 下関船宿~灘島の決闘」
入船亭扇辰( いりふねてい せんたつ ) 「たちきり」
運命的な30分 立川左談次師匠に出会った回
寄席の持ち時間は15分。トリの師匠はもちろんたっぷり時間があるが、それ以外の演者はこの15分に自らの役割を果たす。たった15分である。演者も15分に賭けるけれど、観客は15分で判断する。だから15分じゃ良さを感じられない落語家なんて大勢いる。あるいは何度か見ていくうちに好みだと気付く落語家もいる。15分ではわからなくても、大ネタを見て好きになった落語家もいる。あるいは15分で嫌いになった落語家もいる。いろんな落語家がいるけれど、15分で好きになった落語家というのは、その後もずっとずっと好きなのである。そして左談次師匠を好きになるのに、30分は充分すぎるほどであった。
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立川左談次師匠
ネタは「錦の袈裟」。隣町の連中が吉原で派手に騒いだと聞いて、負けていられないと長屋連中で吉原へ行こうということに。錦のふんどしで裸踊りでもすれば隣町も驚くだろうという話になるが、いつもあぶれ者の与太郎の分だけふんどしがない。用意できれば連れてってやると言われた与太郎は、帰っておかみさんに相談。おかみさんは嫉妬しながらも旦那に恥をかかせてはいけないと知恵を働かし、姪っ子に狐がついたと言ってお寺の和尚さんから袈裟を借りてこいと言う。与太郎がうまくやり無事に袈裟を借り出し、それをふんどし代わりに締め、いざ吉原へ。和尚の袈裟だから他の連中の錦のふんどしよりも質がいい。花魁たちは、一人だけ上等なふんどしを締めたあの人は殿様だ!と勘違いし、結局与太郎だけが楽しい一夜をすごすことに。
けっして品のある話ではない、なのに美しいのである。朗らかな笑みと流麗な所作、見ていてなんとも心地いい。それでいて笑いのセンスはキレていて全く年齢を感じない。与太郎だけでも十分おかしいのに、袈裟を借りにいった和尚は更に飛んでいてピースなんてしちゃっている。振り切るところは振り切るのに、細やかに気配りされたディテールに品格が宿っているから芯がぶれない。肩の力を抜いて聞かせてくれる、快い一席であった。
どうして私はこの人をこれまで見てこなかったんだろう。
いい落語家に出会ったときに真っ先に浮かぶのはそんな想いである。大人の諸事情で立川流は寄席には出れないため、寄席が好きな私はなかなか立川流の落語家を見ることがない。左談次師匠の高座を拝見したのも、恥ずかしながらこの日が初めてであった。だからこの日師匠を見て思ったのはまさに「どうしてこれまで…」という想い。これまでの左談次師匠の高座を見逃してきたことが悔しいし、左談次師匠の他の噺をもっと見てみたいと思う。たった一席が、時として運命的な一席となる。恋に落ちたなんてロマンチックなもんじゃないけれど、好きな落語家に出会ってその人の近々の出演予定を探しながら次はどんなネタが見れるかワクワクする気持ちは、あながちそれと似ていなくもないのかもしれない。
いろんな事情があるのはわかるけれど、こういう方に寄席に出てほしい。御年65歳。同じ年代で古典を古典らしくやれる師匠はいても、スピード感とセンスを兼ね備えた左談次師匠のような方はなかなかいない。寄席の問題(逆を言えば渋谷らくごが存在する一因)の一つは年齢による笑いの違いである。師匠のように世代の橋渡しをできる存在がこれからの寄席にいてくれたらと思わずにはいられないのである。
この日の他の出演者は昔昔亭A太郎さん、神田松之丞さん、入船亭扇辰師匠のお三方。
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昔昔亭A太郎さん
A太郎さんは開口一番、まくらなしで「芝浜」。個人的には残念としか言えなかった。1席目に芝浜をかけることは個人的には面白い挑戦だと思う。けれど終始伏せた両手が心許なく宙に浮いていたり、革財布の中の金を数えるシーンは床から10㎝ほど上の辺りで手を動かしていたり、残念ながら奇妙という言葉では片づけられない粗さが気になってしまった。ただここで芝浜をかけたのは(あるいはこれまでシブラクの開口一番で大ネタをかけ続けているのも)きっと何か思いがあってのことだろう。しっかり見続けていくので、いつかこの日のことが”武勇伝”になる頃、A太郎さんの「芝浜」が見れたら嬉しい。
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神田松之丞さん
二席目の左談次師匠がふんわり笑いで包み込んだ会場をさらに華やげるかのように、松之丞さんが会場のテンションをマックスに盛り上げる。サービス精神旺盛に持ち時間オーバーしつつ「寛永宮本武蔵伝」のラスト二話をたっぷりと。馬鹿馬鹿しい話を極上のエンターテイメントに昇華し会場をあっという間に最高潮へもっていくその技量は、何度見ても驚かされる。怪談噺や人情噺もよいが、個人的にはやはり「違袖の音吉」や今回のような滑稽な噺のほうが松之丞さんは本領が見れるようで好きである。そして彼のような二つ目が真打と真向勝負しているのが渋谷らくごらしくて面白いのだ。
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入船亭扇辰師匠
トリの扇辰師匠は人情噺のお手本のように、若い男女の悲恋を描いた美しくも切ない「たちきり」。娘が恋に華やぐ姿から憂い悩み悲しい最期を迎えるまでの全てを見守った母が、娘が思い慕った男にその姿を語るシーンは涙なしには見れない。語る言葉よりも、その裏にこらえた感情のほうが強く伝わってくるのである。また扇辰師匠が素晴らしいのは、渋谷らくごの客層に迎合しないこと。寄席でみるのと何も変わらない。そして何も変えなくても、素晴らしさがこの渋谷らくごでも伝わっているのである。自信をもって貫く姿勢の裏には弛まない稽古の積み重ねがあるのだろうが、そんな苦労を露とも見せず、時には軽やかに、時には艶やかに、自在に変化するするその技術は誰が見ても本物なのだ。
【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」3/15 公演 感想まとめ