渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2016年 5月13日(金)~17日(火)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

イラスト

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5月13日(金)20:00~22:00 春風亭昇々、柳家ろべえ、玉川太福、隅田川馬石

「渋谷らくご」気持ちがよくなる落語会

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プレビュー

 「落語っていいものだなぁ」と思ってもらうには、どうしたらいいか。番組編成をしていく上で、ずっと考えていますが、ひとつの答えは笑わせるだけではなく、「落語で気持ちよくなってもらう」ことかなと思います。気持ちよさにも種類があって、頭の中で落語の景色が想像できたときの気持ちよさ、その面白さを噛みしめる気持ちよさ、奇想天外なフレーズが耳の中で響く気持ちよさ、リズムとテンポの気持ちよさ…。この気持ちよさを体験すれば、落語は消費されずに、ずっと落語と良い関係が気付けるはずです。
この回の「渋谷らくご」は、徹底的にみなさんを気持ちよくなってもらおうと4人の演者さんを揃えました。

トリの馬石師匠は、落語の風景が勝手に想像出来てしまう気持ちよさが実感できる名人です。落語の世界に流れている風。落語の世界でのんびり生きている人たちの生活音。馬石師匠は直接的には描写をしていないのに、自然に感じられてしまうのです。疲れない。気持ちいい。

 トップバッターの昇々さんは、狂気の男。奇想天外なフレーズ・登場人物、場面転換が繰り返される。日常生活を送っていては、味わう事ができない緊張感と爆笑の気持ちよさ。2番手のろべえさんは、古典落語に捧げると決めた物理学を勉強していた理系落語家。清潔感があってカッコ良く、渋い声で進む落語はテンポがよく気持ちがいい。3番手の太福さんは、浪曲というジャンルを背負っている方。もちろん浪曲を知らなくても問題なし。まずは三味線の音に身をゆだね、太福さんから発せられる声にぶつかってみれば必ず心地よくなれます。人情にホロッとくることができるでしょう。週末の疲れを癒す気持ちよくなれる「渋谷らくご」です。

レビュー

文:さかうえ かおり Twitter:@Caoleen1022 職業:会社員 年齢:イニエスタと同じ 趣味:ピアノとお箏、史跡めぐり

5月13日(金)20時~22時「渋谷らくご」
春風亭昇々(しゅんぷうてい しょうしょう) 「不動坊」
柳家ろべえ(やなぎや ろべえ) 「妾馬」
玉川太福/玉川みね子(たまがわ だいふく/たまがわ みねこ) 「銭湯激戦区」
隅田川馬石(すみだがわ ばせき) 「淀五郎」

ポゼッション落語 攻撃は最大の防御なり

サッカーのユーロ2016開幕まで1カ月を切りました。個人的にはW杯より楽しみ。サッカーってもちろんスポーツとしても魅力は盛りだくさんですが、ホーム&アウェーの雰囲気も魅力のひとつ。地元のチームを全力で応援するのって、その雰囲気を見てるだけでも楽しいんです。岡崎選手の所属するレスターが優勝した時の街の様子を見て、改めて感じました。元・渋谷の女子高生としては、シブラクは私のホーム戦。そこそこホームが決まってると、どの噺家さんがどこを見ながら話すか分かってくるので、座る場所を選べば好きな噺家さんから凝視されながら観ることも可能。これぞホーム戦の醍醐味です。

春風亭昇々さん

(入門年の出来事:リヨンが欧州主要リーグで史上初の6連覇達成)
「不動坊」

  • 春風亭昇々さん

    春風亭昇々さん

ゴールキーパーって、だいたいゴール前にいますよね。そんな常識を粉々にするのはドイツ代表マヌエル・ノイアー。ブラジルW杯でのセーブ率は驚異の86%。チームを優勝に導いた立役者で、自身も最優秀GKに選ばれました。ほとんどペナルティエリアにいないんじゃないかってくらい、前に飛び出してプレーしてるんです。キーパーのコスプレをしたディフェンダーです。走行距離と守備範囲がおかしい。
落語界のノイアー・春風亭昇々。高座に上がる前から、どんな飛び出し方をするのかとてもワクワクさせてきます。この回はWOWOWぷらすとのニコ生中継で多くの人が見ているのに、マクラから昇々節全開でした。中学生かっ‼と突っ込みたくなるレベルの下ネタをぶっこんでくるあたり、男気溢れてます。イケメン落語家と言われているのに、関係なく攻めてます。攻めまくってます。女性ファンが多い昇々さんですが、中学生の心を持ち続ける男子にこそ聴いてほしい。
今シーズンのブンデスリーガは見事ノイアー所属のバイエルンが優勝。ノイアーはやたらめったらと前でプレーしているわけではなく、他の10選手がきっちりプレーをし、チームに力があるからこそ鬼の飛び出しができるらしい。また、ディフェンダーの位置で守備をすることでそもそもシュートを打たせないんだとか。ただ無邪気に飛び出しているわけではないのです。昇々さんも、一見無法地帯の落語。「不動坊」では、憧れの女性が急に自分のお嫁さんになり、浮かれまくる吉兵衛さんと、吉兵衛さんの浮かれっぷりに腹を立て懲らしめてやろうと企む長屋の連中の噺。浮かれている吉兵衛さんのキモさっぷりが昇々さんの見所であり醍醐味です。でも、そんなふざけたキャラが活きてくるのは、各シーン1人はごく普通のキャラが登場し、振り切れた変態キャラに対して冷静な突っ込みを入れるから。この冷静キャラがいることで、半端ない緩急がついてキモいキャラが活きてくる。ゴール前がガラ空きにも関わらず失点の少ないノイアーと同じで、実力と見せ方の工夫によってこの独特な落語ができるのではないでしょうか。一見キャラ先行に見えるのに飽きがこないのは何故だと考えると、答えはノイアーだったんです。

柳家ろべえさん

(入門年の出来事:ベッカムがレアル・マドリッドに電撃移籍)
「妾馬」

  • 柳家ろべえさん

    柳家ろべえさん

日韓W杯の時にその名を知った「フーリガン」。大学時代に英会話を習っていたのですが、当時お世話になったイギリス人講師のほとんどが、フーリガンとまではいかないまでも熱狂的なサッカーファンでした。私がリバプールFCのファンと知ると、敵チームファンの先生たちは容赦なく喧嘩をふっかけてきました。彼らのおかげで日本にいながらも、上品とは言えないフットボールイングリッシュが上達しました。
「妾馬」は、妹が大名の側室となり、さらにお世継ぎを産んだということで、お殿様に会いに行くという噺。いかんせんこの主人公・八五郎さん、ちゃきちゃきの江戸っ子。言葉遣いも粗野でお殿様に対しても「殿公‼︎」と呼びかけてしまうほどだけど、人情には熱い。リバプールが勝った次の日には汚い言葉で罵りながらも、初めてイギリスに旅行に行くと言えば、サービス残業も厭わずロンドンのオススメパブを教えてくれたり、困った時のためにと実家の連絡先を教えてくれたりと、フーリガン講師陣は人情に熱かったなぁと、八五郎さんを見ながら思い出しました。フーリガン気質と江戸っ子ってなんか似てる。
見るたびに思うんですけど、ろべえさんって欧州リーグでプレーしてそうなサッカー顔。それでいてフワフワしてるような、ピシッとしてるような、一言で言い表すことができない不思議な雰囲気を持つ落語家さんです。なんとなく頼りない外見なのに鉄壁のフランス代表の正GKウーゴ・ロリスと通ずるものがあります。のんびりした口調なのに、八五郎を演じると粗野な江戸弁のキレ味が鋭い。でも、殿様の品の良いアホっぽさだってキレっキレ。ロリスもろべえさんも、第一印象はアテにならない見ごたえがあります。
そしてろべえさん、来年3月に真打昇進です。おめでとうございます。

玉川太福さん

(入門年の出来事:セルティック中村俊輔が日本人で初めてヨーロッパリーグでのMVP受賞)
「銭湯激戦区」

  • 玉川太福さん・玉川みね子師匠

    玉川太福さん・玉川みね子師匠

プロのサッカーを初めて生で観たのは、セリエB(イタリア2部リーグ)のボローニャの試合でした。パブに行くと、各国リーグ下位や2部リーグの試合も観れたりするのですが、メッシやジェラードのような泣く子も黙るスター選手のいないチームの試合って、酒飲みながらたまにチラチラ観る程度だと、試合の流れが分からないのであまり面白さは伝わってこない。が、しかし。スタジアムでキックオフをした瞬間、土下座したくなりました。迫力が違う。華麗な技術だけがサッカーじゃない。ボールを繋いでゴールまでいくのがサッカーの醍醐味。思い出させてくれたボローニャFCありがとう。
浪曲も同じ衝撃なんです。子供の時分に祖父がよく浪曲のカセットを聴いており、よくわからないな〜と思ってました。馴染みのないメロディだし、歌詞はストーリー仕立てだから途中で聴いてもいまいちわからない。それであまり興味を持たないまま今日に至る。
…非常にもったいない‼︎
ぜひ浪曲生で聴いてみてください。迫力に圧倒されます。生で観れば否応なしにその世界に引きずり込まれます。ちょっと前にこのシブラクで浪曲すげぇって衝撃受けたんです。そして今回、観たいと思っていた太福さんの浪曲初めて聴きました。太福さん曰く、浪曲はあらすじは重要ではなく、「唸り」。唸りを楽しむんだとか。
いや、唸りだけを楽しんでる余裕ないです。「銭湯激戦区」は新作浪曲。荒川区の銭湯ベスト3の曲。あらすじ重要じゃないと言っておきながら…ってこの曲の場合はあらすじでは無いけれど、まぁとにかく内容が面白い。お湯がどれだけ熱いのか、電気湯がどれだけ命の危険を感じるのか。銭湯行きたくなります。実は普段からいつでも銭湯に行けるようお風呂セットを持って会社に行くのですが、今日はたまたま持ってなかったんです。何でそんな日に限って銭湯行きたくさせるかね。朝カバンからお風呂セットを抜いた自分に腹が立つほど内容に引きずり込まれる。そして声。どっしりして迫力があって、でも優しい。ずっと聴いていたくなる素敵な声。そんな声の合間に入ってくる掛け声とお三味線。ウットリ聴き惚れているとガツンと唸りが入ってくる。聴きどころが多すぎて、感性がてんやわんや。
唸りってサッカーで言うとシュートみたいなものかな…と、聴きながら考えていました。シュートだけ観てもほんと惚れ惚れする。サッカー番組のスーパーゴール集大好きですもん。でも、生で観た試合はパスもセーブも、ボール持ってない選手の動きですらも、すげぇすげぇ言ってました。脳が一度面白いと思ったら、もう大丈夫。メッシのいない試合でも、あらすじのわからない浪曲でも、何がどう面白いのか脳が覚えているので夢中になってしまいます。夢中にさえなってしまえば、試合の流れだって、あらすじだって、すんなり分かること間違いなし。

馬石師匠

(入門年の出来事:ドーハの悲劇)
「淀五郎」

  • 隅田川馬石師匠

    隅田川馬石師匠

巧い選手は、目の動きだけでフェイントをかけると聞いたことがあります。イングランドサッカーのような泥臭いプレースタイルが一番好きですが、最小限の動きで相手を翻弄する選手には惹きつけられます。現在ニューヨークシティでプレーするアンドレア・ピルロもそんな選手です。動きの派手さは無いものの、パスやフリーキックの正確性は敵として観たとしても称賛してしまいます。ミランやユベントスにいた頃は何度となく敵として立ち塞がれていました。でも、ピルロにやられるのは何故か気持ち良いんです。ピルロにボールが渡った瞬間に悟ります。あ、負けたな…と。
この「淀五郎」は何と言っていいか…。サゲの後の拍手のやめ時が分からなくなる。師匠が高座を降りても、ずっと拍手をし続けて余韻に浸りたい。「淀五郎」は芝居「仮名手本忠臣蔵」の塩谷判官役に抜擢された役者の噺で、人情噺だから殆ど笑いは起こりません。同じ静けさでも、退屈からくる場合には多くの人がモゾモゾするので物音がたつもの。物音すら一切立たないのは、会場の全員が観入ってたからだと思いました。動けないです。いや、ちがうかな。気がつくと動いてなかった、が正解。
落語は話芸。でもこの「淀五郎」は馬石師匠の沈黙の時間が印象的でした。自害を覚悟した淀五郎が、最期の挨拶にと世話になった中村仲蔵のもとを訪れるが思い留まるよう説得され、仲蔵は切腹の演技稽古をつける。この仲蔵と淀五郎が膝を突き合わせて語り合うシーンは、唾を飲み込むのも躊躇うほどに緊張感溢れるものでした。この緊張感を増長するのが、沈黙。
目まぐるしく試合が流れていても、ピルロがボールを持つと、誰にパスを出すかと一瞬動きを止める。ピッチ上の空気が一瞬にしてピリッとなります。馬石師匠の沈黙はそんなピルロの空気を彷彿とさせました。
残念ながらピルロのプレーを観たくてもニューヨークはいささか遠いので、あの空気を生で味わうのは難しいだろうな。でも、馬石師匠はニューヨークまで行かずとも観られますので、ぜひこの空気を味わってください。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」5/13 公演 感想まとめ

写真:山下ヒデヨ Twitter:@komikifoto