渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2018年 11月9日(金)~14日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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11月14日(水)20:00~22:00 柳家小八 三遊亭遊雀 玉川奈々福* 瀧川鯉昇

「渋谷らくご」職人集団、参上! 瀧川鯉昇、登場

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プレビュー

 どんな番組でも確実な仕事する、いや、想像していたものよりも確実に上をいく仕事をして颯爽と去っていく。そんな職人のカッコよさ!
 渋谷らくご4周年記念公演のトリを飾るのは特別出演の鯉昇師匠です。
 真打昇進後も進化を続ける小八師匠、いまだその引き出しの多さをだれも把握しきれていない遊雀師匠、浪曲の玉川奈々福さんは浪曲というジャンルを背負って世界中で日々闘っている女傑です。
 この公演は、笑わせるだけではなく、心になにかを残してこの先の数ヶ月、数年、あるいは一生に残るかもしれない高座は聴けるであろうまたとない機会。職人たちのリレーがどういう結末を迎えるのか!? ご期待していてくださいね。

▽柳家小八 やなぎや こはち
25歳で柳家喜多八に入門、芸歴16年目、2017年3月真打ち昇進。最近IQOSからプルームテックに変えた。ファッションにこだわっていて、この時期は白いTシャツを着こなす。高座前はモンスターを飲んで集中する。最近麻雀をやりたがっている。

▽三遊亭遊雀 さんゆうてい ゆうじゃく
23歳で入門、芸歴31年目、2001年9月真打ち昇進。私服がおしゃれ。年末に開催されるある落語家の師匠主催の忘年会にて、遊雀師匠はベロベロになるとあられもない姿になってしまうらしい。

▽玉川奈々福 たまがわ ななふく
1995年曲師(三味線)として入門、芸歴23年目。浪曲師としては2001年より活動。2012年日本浪曲協会理事に就任。「シブラクの唸るおねえさん」。上海でおこなれた「世界幽黙芸術祭」に参加するほど、世界中で浪曲をおこなっている。

▽瀧川鯉昇 たきがわ りしょう
22歳で入門、芸歴44年目、1990年5月真打ち昇進。弟子を温かく見守るタイプの育成方法で、お弟子さんは鯉昇師匠のことが好き。年末になると大規模な忘年会を企画する。その忘年会で遊雀師匠はあられもない姿になってしまう。酒豪。生魚が苦手らしい。

レビュー

文:海樹 Twitter:@chiru_chir_chi (習い事の見学に行って難易度の高さに後悔している11月)

11月14日(水)20:00~22:00 「渋谷らくご」

柳家小八(やなぎや こはち) 「お見立て」
三遊亭遊雀(さんゆうてい ゆうじゃく) 「代り目」
玉川奈々福(たまがわ ななふく)・沢村美舟(さわむら みふね) 「寛永三馬術 曲垣と度々平」
瀧川鯉昇(たきがわ りしょう) 「餃子問答」

「終わりと始まり」


 渋谷らくごの四周年記念興行も、この14日20時からの公演で最後になってしまった。あっという間に終わってしまうことのさみしさと、五年目に入ってからの一年間はどんな会になっていくのだろうかという期待感。
この日は19時50分ごろから、女優の美保純さんとサンキュータツオさんによるトークの時間もあり、始まる前から会場は賑やかな雰囲気に包まれていた。気付くとあっという間に20時、楽しい二時間の始まりである。

柳家小八「お見立て」

  • <柳家小八師匠

    柳家小八師匠

 高座へあがると客席から「たっぷり」の声がかかる小八師匠。それを受けて「『たっぷり』の声はとっても嬉しいんですけれどねぇ、持ち時間が決まっているので」と返すことで、あたたかな笑いが生まれていた。たるんとした口調でありながら、キリリとした気配を忍ばせているような雰囲気。四周年記念興行にふさわしい噺をと言ってから「お見立て」へ。
 かなりテンションが高めで、悪い人でないのは十分に伝わってくる野暮代表の杢兵衛お大尽。もうお金が出来たからあんな客には会いたくもない、と素っ気ない花魁の喜瀬川。そんなお客さんと花魁に挟まれて「もうこの店は辞めよう」と決意していく喜助。心のなかで「まぁなんとか乗り切っていこうよ、喜助さん」と応援してしまう。
 杢兵衛さんに帰ってもらうために喜瀬川は死んだと、指折り確認しながらたどたどしく嘘をつく喜助。なんとか信じてもらおうと、お茶で涙を作ろうとして指先を湯呑に入れる。「熱い‼」、淹れたてのお茶は確かに熱い。結果として本物の涙が出てくるなんて、バカバカしくって最高な喜助の姿にケラケラと笑ってしまう。
小八師匠を味わいながら、徐々に自分がやわらかな物語の世界へと入っていくことを楽しんだ30分間。

三遊亭遊雀「代り目」

  • 三遊亭遊雀師匠

    三遊亭遊雀師匠

「酒飲みは やっこ豆腐に さも似たり はじめ四角で あとはぐずぐず」 冷奴など豆腐を食べはじめた時には四角い形をしているけれども、食べ進めていくうちに形は崩れてぐずぐずになってしまう。それはまるで酒好きの人が飲み始めはキリッとした態度だったのに、酒量が増えていくと酔いがまわってぐずぐずになるのに似ているという、大田南畝(蜀山人)の狂歌。
 プレビューにも書かれている「遊雀師匠はベロベロになるとあられもない姿になってしまう」という話をまくらでたっぷりと。なぜお酒を呑むと人はグズグズになってしまうのだろうか。注意されて気を付けていても、お酒のほうからやってくるのだから仕方ない。遊雀師匠が話されていた生ホッピーを吞みたいな、と心はお酒に吸い寄せられていく。
 そんな酒飲みのバカバカしくも愛らしい話から「代り目」へ。
 自分が酔っているときのことを思い出すと、意識がハッキリしていると思っている状態と、ほわんほわんした多幸感に包まれた状態が、まだらにあるような気がする。何しろその時にはすでに正確に判断する状態ではないので、「ような気がする」としか言えない。
噺の世界では酔っぱらって帰ってきた亭主の中にある「もうちょっとだけ呑みたい」という気持ちと、「あぁ自分は酔っぱらっていて絡んでいるのだな」と反省する気持ち。妻の「わかったから早く寝てくれよ」と思う気持ちと、「まったくしょうがないんだから」というあたたかな気持ち。
 夫婦のどうしようもないやり取りに笑い、亭主の心中の想いの吐露にフッと心が動かされ、やっぱりグズグズな酔っぱらいに笑ってしまう。わずか30分の間に遊雀師匠の掌でコロコロとされたような心地よさ。

玉川奈々福・沢村美舟「寛永三馬術 曲垣と度々平」

  • 玉川奈々福さん・沢村美舟さん

    玉川奈々福さん・沢村美舟さん

 奈々福さんと美舟さんで先日参加してきたという中国の「世界幽黙芸術週間」(「幽黙」とは「ユーモア」のこと)での出来事を、スライドで写真を見せながら話されていた。会場の特性を活かしながら、実に興味深く、かつバカバカしいお話を堪能。それにしても「世界幽黙芸術週間」、もう少し近くで行われていれば実際に見てみたかった。あの会場で、どんな空気感で浪曲をやったのだろうか。
 「世界幽黙芸術週間」の話で盛り上げてから、渋谷らくごに呼ばれた際に初めてやった話をと言って「寛永三馬術 曲垣と度々平」へ。
 ある時急にポイントが貯まったなと思う瞬間がある。それまで意識してこなかった何かが積もりに積もっていった結果、春の訪れを告げられたふきのとうが顔を出すような、そんな瞬間。
  渋谷らくごで初めて浪曲に出会ったときの私は、「なんかよくわからないけれどもすごい」という感想を抱いた。夜中にテレビをつけていたら、いつの間にか始まっていたドキュメンタリー番組を見るともなしに見ているうちに、あれよあれよと一時間が過ぎているような「なんかよくわからないけれどもすごい」感じ。自分の興味の範疇から外れていた世界の面白さを知ってしまったような、うまく言葉にならない感触だったことを記憶している。
それから何度か渋谷らくごで浪曲を味わっているうちに、フッと「他の人の浪曲はどんな感じなのだろうか」という気持ちになった。ネットで調べてみると浅草の木馬亭という場所で、月の1~7日まで色々な人の浪曲が見られるらしいということがわかった。つい最近浪曲を知った私などが行っても大丈夫なのだろうかという不安と、でもやっぱり面白そうだから行ってみたいという好奇心の二つ。それでも思い立ったが吉日、さっそく時間のある日に行くことにした。
 スマフォの地図を頼りに平日の浅草の町を歩く。修学旅行らしい観光客やら、外国からやってきた観光客やら、人力車で案内をするお兄さんやら、道端に座って缶ビールを飲んでいるおじさんやら。浅草の町はなかなかの混沌である、嫌いじゃない。様々な人々がいて混雑するなかを迷いつつ、私はようやく木馬亭らしき建物を見つけることができた。
 第一印象で人は物事の大部分を判断してしまうらしい。私が木馬亭を見たときの第一印象は、「ここは入りづらそうだな」であった。趣のある雰囲気の建物で、外には「いま浪曲をやっていますよー」とお客さんを呼ぶ人の姿もある。ただ、なんだろう、入りづらい。正確には自分がこの建物の中に入っていく姿をうまく想像できないから一歩前に踏み出せない状態、煩悶しながら一度前を通り過ぎて様子を窺う。不安と好奇心を抱えながら一度気持ちを落ち着ける。せっかく浅草まで来たのだから、入っても取って食われるようなことはないのだからと、小さな勇気で中へと入っていった。
 中に入ってみると、130席ほどある座席は3~4割ほど埋まっていた。おどおどしながら迷惑をかけないように、そっと後方の席へと座る。少し落ち着いて辺りのお客さんをさりげなく見渡してみると、楽しそうに何かを食べているおじいさんの二人連れ、文庫本を読みながら始まるのを待っているおじいさん、目を閉じてうとうとしているおじいさん、特に何もしていないおじいさん。なかなかのおじいさんが充実した環境である。
  落語の寄席の良いところは、とにかく様々な人が出てくるところだと思う。もちろんその中には好きだなぁと思える人もいれば、合わないなぁと思う人もいる。好きだなぁと思う噺もあれば、全く面白さがわからない噺もある。それらを短い時間で入れ替わり立ち替わり大量に味わっていくなかで、自分がどんな人・どんな噺が好きなのか少しずつわかってくる。
木馬亭の浪曲の定席に行った私は、再び「なんかよくわからないけれどもすごい」という気持ちになった。それは寄席と同じように、好きだなぁと思える物語や人、どうもピンとこない物語や人、様々な人の様々な浪曲が場内のあたたかな空気を生み出していたからだ。自分が知らないだけで、こんなに豊かな世界が確かに存在しているのだということに感動した。
ようやく私が知っている浪曲師、「渋谷らくごの唸るお姐さん」(つい最近これが本歌取りのキャッチフレーズであることを知った)玉川奈々福さんが舞台の上に現れた。渋谷らくごの釈台で座っている姿しか見たことがなかったので、立って演じられる舞台は新鮮な感覚。いや、それ以外にも普段とは何かが違う気がする。あぁそうかと気付いたのは、三味線の音の違いだ。衝立の向こうから聴こえてくる三味線の音、私にはその違いを言語化する力がないのがもどかしい。とにかく木馬亭で聴こえる三味線の音は「なんかよくわからないけれどもすごい」のだ。音が美人というのは妙な表現かもしれないが、座っている後姿だけで通りすがりの人の目が思わず向いてしまうような気配をまとった美しさ。
どれくらいすごかったかといえば、思わず近くにいたおじいさんに「今の三味線ってどなたが弾いていたんですか」と尋ねてしまうくらい。するとそのおじいさんは「あれはね、澤村豊子師匠っていってね、あの人はね、、、」と親切に様々なことを教えてくれた、見ず知らずの人間へのやさしさにふるえる。あたたかな空気のなかにいるのは、あたたかなお客さんだった。
そんなこんなで数時間はあっという間に過ぎていった。舞台の上で目まぐるしく展開していく浪曲の物語の世界を堪能した私は、やっぱり木馬亭に行ってよかったなと思った。
 私が初めて渋谷らくごで初めて出会った浪曲はいったい何だったのか、とアーカイブを探してみた。どうやらその時の浪曲は、奈々福さんと美舟さんによる「寛永三馬術 愛宕山梅花の誉」であったらしい。何も浪曲を知らなかった私を「なんかよくわからないけれどもすごい」という気持ちにさせてくれた、奈々福さんと美舟さんには感謝しかない。どんな場所でも毎回毎回、一所懸命に浪曲を届けようとしているからこそ、その時の私にもしっかりと届いたのだと思う。
名人は上手の坂を一登り、愛宕山の石段を馬で見事に駆け上がった曲垣平九郎。その功により出世した曲垣のもとにやってきた、度々平という口は悪いがよく働く男との物語。長い物語は繋がり広がり深まっていく、浪曲って面白い。

瀧川鯉昇「餃子問答」

  • 瀧川鯉昇師匠

    瀧川鯉昇師匠

 私にとって初めての鯉昇師匠。上にある写真の通りの風貌なので、三枚目の雰囲気なのかなと思いきや何か違う。声の感じが端正で落ち着いている二枚目なのだ。もし外見と声を左右に分けて、この人はこの声という風に線で結んだとしたら絶対に間違える自信がある。それくらい風貌と声との間にギャップがあるのが、鯉昇師匠の何とも言えない魅力になっている。
 座布団に座ってからしばらく無言で客席を見渡す、ただそれだけなのに面白い。幼少期の水泳に関するエピソード、地元で採れるミカン、地元でよく食べられている餃子と、まくらから徐々に「餃子問答」の世界へと連れていかれてしまった。ちなみに「餃子問答」とは、「蒟蒻問答」の餃子バージョンである。つまり蒟蒻屋さんの主人ではなく、餃子屋さんの主人がやる問答のこと。
 江戸から流れてきたという、どこか憎めない売れない噺家の男。そんな男を空き寺の住職にしてしまうという、頼りがいがあるのだか、大雑把なのかよくわからない餃子屋の大将。どこかのんびりとした空気が鯉昇師匠から伝わってくる。それでいて諸国行脚の途中で寺に立ち寄って住職に問答を挑んでくる僧は、私の中にキリッとしたイメージを浮かばせる。
 今まで鯉八さんの話されていた、まくらの中の世界でしか知らなかった鯉昇師匠。そんな人が本当にいるのだろうか、誇張して話しているのではないかと私は少し疑念を持っていた。やっぱりちゃんと自分の眼で観て、自分の耳で聴いて判断しなくてはわからないことがある。不思議な魅力の鯉昇師匠、この人はちゃんとしていてどうかしている。気付いたらその魅力から抜け出せなくなってしまいそう、まだまだ新しい出会いは世界にあふれている。

 プレビューでは「どんな番組でも確実な仕事する、いや、想像していたものよりも確実に上をいく仕事をして颯爽と去っていく。そんな職人のカッコよさ!」を体験する会と紹介されていた。いやいや、まさしくその通りの大満足。四周年記念興行が終わってしまったこの日は、ついに五年目としての一年間が始まる日でもある。終わりは始まり、これからの一年間が楽しみだなぁと思った帰り道。



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「渋谷らくご」11/14 公演 感想まとめ

写真:渋谷らくごスタッフ
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