渋谷らくご

渋谷らくごプレビュー&レビュー

2015年 11月13日(金)~18日(水)

開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。

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11月17日(火)20:00~22:00 柳家わさび、立川生志、林家彦いち、桂春蝶

「渋谷らくご」 開始10秒でカタをつける名人たち

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プレビュー

落語家さんが舞台端に登場してから座布団に座るまでの時間はだいたい10秒くらい。この10秒間、落語家は一言もしゃべりませんが、実はこの10秒間が勝負なのではないかと思っています。今回、この10秒で観客を魅了してしまう4人が揃いました。

わさびさんを見ると守りたくなってしまう乙女心がくすぐられます。もちろん乙女心をくすぐるわさびさんの計算ですが、ここはわさびさんの計算に騙されましょう。落語も気弱な青年が大勢出てくるので、目が離せなくなります。

生志師匠は登場した瞬間、ニコっと笑うので、「うわぁこの人、とっても良い人だなぁ」と思ったら最後。世の中を斜に構えた視点で、バサバサ切り掛かってくる毒舌派。落語も毒があって刺激的。当然、技術力は一流。ヨーロッパ公演帰りの凱旋公演です。

彦いち師匠の登場シーンは、なんといっても速い! ぴょーんとジャンプするように素早く座布団の上に座っていきなりしゃべりはじめます。「なんか元気なの出てきたぞ!」と、彦いち師匠をぐっと見てしまう。彦いち師匠は新作落語をされる鬼のような方。

最後に出演なさる、春蝶師匠。春蝶師匠が出てくるだけで、「あー、今日はいい日だなぁ」と思えてしまう人をとろけさせてしまう笑顔と落ち着き。「大丈夫な人が出てきたぁ」と一瞬で安心させます。天賦の才。華やかで、誰も傷つけないあわない落語の中の登場人物たち。心から春蝶ファンになってしまうでしょう。

レビュー

文:佐藤紫衣那 性別:女 年代:20代 職業:会社員 落語歴:細々と10年 趣味:映画鑑賞、クラシックバレエ

11月17日(火)20時~22時「渋谷らくご」
柳家わさび(やなぎや わさび)「五目講釈(ごもくこうしゃく)」
立川生志(たてかわ しょうし)「反対俥(はんたいぐるま)」
林家彦いち(はやしや ひこいち)「ジャッキーチェンの息子」
桂春蝶(かつら しゅんちょう)「約束の海~エルトゥールル号物語~」

【柳家わさび-五目講釈】

  • 柳家わさびさん

    柳家わさびさん

“ばかっていうやつがばかなんだよー!”という子供同士のよくあるケンカがあったとして、ばかとはじめに言ったほうでも、その返答をしたほうでもなく、その場の遠くすみでそのやりとりをじっと見ているような、そんな幼少期をおそらく過ごしたのではないのかと、いやむしろそうであってほしいと思わせるわさびさん。人を見た目で判断してはいけないのは勿論そうなのだけれど、ほんとうに小心者でして…と自分で言いながらそろっと所在無く座り、まくらの間は手に持った扇子をちょこちょことさわる。手遊びするんでない!ととがめられたら、ごめんなさい…と返ってきそう。

なんで噺家になったんだこのひと。(はじめてみた日の印象)
おもしろい人がおもしろいことをする人になる。いわゆる”口から生まれた”人がはなしをする仕事に就く。もちろんそんなのがすべてに当てはまるわけではないけれど、そういう『これがこうなりましてと』いう”事の成り行き感”を感じさせないわさびさん。お前しゃべれよと誰かに脅されている様子もないのでおそらくご本人の意思で落語をされているのでしょうが、こういうタイプの噺家さんは見ていてわたしがなんとなくはらはらして、心配になることがたまにあります。でもわさびさんは違う。
まくらであたためたエンジンをぐーっと入れるのはおそらく自分の気持ちの中のタイミングではなくて、ご自身の身体のタイミングなのだと思うのです。はい、はじめます!という切り替えの良いぱちんとしたスイッチは搭載されていないようで、ゆるい坂道を下る自転車のような少しずつの加速。スピードに乗るまでタイミングを自分でも今か今かと待っている。乗ってきた乗ってきたと調子がつくころには、ちょこちょこしていた手元が気づいたときにはとまっている。それはその子供同士の喧嘩を隅でよーく見ていた際のこと細やかな秒描写、そして、ケンカは悪いことだけれど、ちょっとだけその当事者たちがうらやましかったんだ!というささやかな自己主張が垣間見える瞬間がやってきます。その自己主張がすこーしだけ、言葉を濁さずに言うととても嫌味っぽくてじとっとしていて、香る人間臭さがわさびさんの醍醐味!内側にたくさん溜まった感情が見た出来事が、お客さんの反応が、一気に大放出。めっちゃくちゃな語彙の並びも一気につーっと語られ、意味わかんないけど耳に心地よく、引き込んでくださいました。

【立川生志-反対俥】

  • 立川生志師匠

    立川生志師匠

ヨーロッパ帰りの生志師匠。もう話したくってしょうがない。まくらだけで20分以上お話されていたので、レビューを書こうと思い返しても、印象にあるのはやっぱりヨーロッパ紀行!しかも渡航先は今話題のパリ、ドイツからパリへは新幹線に乗ったというのだから、実際に本当に時の人だとおもいます。この時期のフランス!ヨーロッパ!
憧れのがらんがらんと街中に響く鐘の音に感動するも3日後には”うるさい!”と一蹴しちゃうし、大学で用意されていたのは座布団ではなく汚い毛布でその上での高座、20ユーロのチャイナタウンの風俗嬢に思いを馳せながら語る日本における難民問題、生志師匠個人の目線からたっぷりの主観で斬るヨーロッパの日常。客席でうんうんと何人もが頷いているのを見ていると、テレビのニュースでは味わえない世界情勢が興味を引くのはまちがいないのだとおもいます。20分超え情報量満載でおなかいっぱいです!となってからの反対俥。コンパクトにまとめられた古典落語。あれ、持ち時間って30分でしたよね?毎度の事ながら怒涛の生志師匠タイム。ずーっと前のめりで聞かせていただきました。

【林家彦いち-ジャッキーチェンの息子】

  • 林家彦いち師匠

    林家彦いち師匠

本日の新出単語:ロンダラウジー、(標高)最高峰の落語、テルマエ先生(阿部寛)
“そんな人はいません”
彦いち師匠のまくらは毎度新出単語が出てきます。帰り道にウィキペディアで調べながら時間をつぶすのにはぴったりな新出単語。ロンダラウジーの画像検索で粋歌さんに見える写真は見つかりませんでしたが、なんとなくちょっとわかる!

ジャッキーチェンの息子、とそのままのタイトルですが、想像のつく葛藤の羅列でなにも考えずにわははと笑えてしまう。ああいうアクセントの人、いる!
二世だ二世だといわれながら今まで生きてきた人が、刑務所で、ジャッキーチェンの息子に”二世の辛さ”を共感してもらって感動する、ジャッキーチェンの息子(と名乗る人)はその葛藤を涙ながらに語る、と、文字にしてしまうと何言ってんだろうと思うような話なのだけれど、けらけら笑ってしまうのは彦いち師匠のキャラクターのような風貌にあるのと、思わず”あらそうなの?それは残念ね”とこちらから返答してしまいそうになる”親戚のおじさん感”。まくらもそうですが、あんまり興味のない内容でも聞いていると、へー、ふーんと、こちらが相槌をうちたくなるような彦いち師匠。すきです。

【桂春蝶-約束の海 ~エルトゥールル号物語~】

  • 桂春蝶師匠

    桂春蝶師匠

春蝶師匠の一番の魅力は、口論になって、せやかてあんた、こうでこうで…と説明している最中に話している相手にさえぎられて、うん、うん、いや、うん、と人の話を聞くその表情がなんとも素敵(特に女性の時は最高!)。目を見開いてその話を真剣に聞きながら、話している相手に心を動かされる人、というのが、その人の数時間を凝縮して魅せてもらっている気持ちになり圧倒されてしまう。人と人の関係、関わりあいを、その会話の一瞬で見える瞬間があります。

3年ほど前、落語がまったく初心者の友人と落語を見に行った帰りに言われた一言がそのとおりでした。『だってさーあのはなし、途中でなんとなくこんなオチだろうなってわかったし』。
いやいや!落語ってそういうものだから!そういうものなんです!と突っぱねてしまうことは簡単だけれど、こちらを読まれているほとんどの方はそう思われると思います。そうだよね普通に考えたら。友人が見てきたかのように話し始めたはなしが前に聞いた内容だなと思ったら”あ、その話このあいだ聞いたわ”って私でも返すわ。

エルトゥールル号の話だって、詳しくはなくとも知らないわけではないのです。知ってる話には変わりない。それをまた新作という形でなぜ『落語』にしたのか。そして会場にすすり泣きが響くほどに感動作に仕立て上げられるのか。
話の主人公の置き方にあるかもしれない、とおもったのは話が佳境にさしかかったところでした。今回の主人公は、おそらく、佐助ではなく、トルコ人に出て行ってもらおうと提案し、子供の言葉に心を改めたあのおっちゃんなのかもしれない。長老かもしれない。ありがとうでもこのやろうでもなく、そうだよね、という何かへの同意は、時として本当にドラマになる。対立していた人同士の和解、若輩者から教えを請う際の葛藤、落語っていわれてみればそういうことが頻繁に出てくる。歴史に名を残す人の脇には必ずその人を形成したひとがいる。そんなことを思わせるのは、奥行きのある春蝶師匠のはなしの中にでてくる”人の話をよく聞く人”にあるのだとおもいます。

【この日のほかのお客様の感想】
「渋谷らくご」11/17 公演 感想まとめ