渋谷らくごプレビュー&レビュー
2015年 11月13日(金)~18日(水)
開場=開演30分前 / *浪曲 **講談 / 出演者は予告なく変わることがあります。
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プレビュー
一之輔師匠が、先月渋谷らくごのご出演されたとき、「綺麗で面白いものは世の中にはたくさんある。けれども汚くて面白いものは全然無い。世の中では珍しい、汚くて面白い人が喜多八師匠です。ふたりらくごの出演するので、ぜひ見にきてください」とおっしゃっていました。これがすべてです。
一之輔師匠が先月わざわざ楽しみだと言ったのが、今回の喜多八師匠との「ふたりらくご」。一方の喜多八師匠も「一之輔とやるの楽しみだ」と楽屋でおっしゃっていました。
お二方とも落語を愛してます。喜多八師匠も一之輔師匠もなんどもなんども落語にフラれ、そっぽを向かれたことがあるのでしょう。その経験があるからこそ、いま思いっきり落語で戯れていても、落語にフラれることも、そっぽ向かれることもなく、ますます落語を面白くアップデートし続けることができている。
落語を知らない方が、落語の入門書を読んだり演目解説をいきなり読むと、戸惑うという話を良く聴きます。どうして戸惑うのかと言えば、入門書に書いてある落語はちょっとだけ古いから。そして、あらすじにはどこが面白いのか書いていない、どころか、おもしろく思えないよくわからない言葉が並ぶ。だけどもう安心。だって、この会来たらわかるもん!
レビュー
文:梁観児 Twitter:@_yanakanji 物書き修行中
11月18日(水)18:00~19:00 「ふたりらくご」
春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)「粗忽の釘(そこつのくぎ)」
柳家喜多八(やなぎや きたはち)「首提灯(くびちょうちん)」
「親愛なる落語」
ふたりらくご、この日は春風亭一之輔師匠と柳家喜多八師匠のおふたりでした。
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春風亭一之輔師匠
一之輔師匠は2012年に21人抜きの大抜擢で真打に昇進したという落語会の星。一時期ユニクロのCMにも出演されていたので、落語を聞いたことがない方でもテレビで見かけたことがあるかもしれません。飄々とした態度で毒を吐き、それでいて破天荒なわけではなくきちんと落語を演る。落語をあまり観たことがない客層を取り込むことを意識していらっしゃるように感じられるのですが、かといって落語オタクが首を傾げるようなことはけしてありません。いわばユニバーサルデザイン的な、誰にでも愉しめる芸を追及してらっしゃるのだと思います。
この日は高座にあがって早々、会場のある渋谷に対する毒。ハロウィンについて「取材なんかするから蛾みたいにバカがあつまってくるんですよ」「(きぐるみの)ドラえもんとピカチュウが手をつなぐワケがない!!」などという名フレーズで会場を沸かせます。はては東京オリンピックやフランステロにまで触れ、マクラは終始一之輔師匠が社会にケンカを売るスタンス。「そんなこと言っちゃっていいの⁉」とちょっと不安になりつつ、けして憎めないのは毒を吐いているときの一之輔師匠がとても愉しそうだから。たぶん、何事に対してもドSでツンデレなんです。
噺は『粗忽の釘』。シブラクという初心者向けと銘打たれた会のためか、いつも以上に分かり易く笑えるよう意識されている印象でした。ストーリーはとにかく粗忽者の男が、新しく引っ越してきた長屋の壁(とても薄い)に八寸釘(長い)を打ちこんでしまい隣家に謝りにいこうとするというもの。落語にはよくそそっかしいひとが出てきますが、この男、落語の登場人物のなかでもトップテン入りしそうなくらいそそっかしい。釘を打ってしまったことを謝るのにお向かいの家に駆け出してゆきます。そしてそんな男に呆れるでもなくツッコむでもなくゲラゲラ笑っているのがなんと男の妻。お向かいのお宅に夫がかけた迷惑などまるでおかまいなく、「このひとといっしょになってよかった」なんて言い放つところは爆笑しながらあっけにとられるというふしぎな体験を味わえます。聞いていると男のそそっかしさが原因で何度も引っ越しを余儀なくされている模様。でも妻はそれを嘆くでもなく、そそっかしすぎる夫にぞっこん。考えてみれば周りのひとはこの夫婦のお愉しみに巻き込まれているだけなのかも……?
そして喜多八師匠。
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柳家喜多八師匠
御年六十六歳のベテランですが、喜多八師匠の凄いところはいくつになっても向上心が衰えないところです。じつは数百あるという持ちネタのなかで、十八番とされているものでも容赦なくお蔵入りさせたり、表現に手を加えたりと会得した芸に甘んじないストイックな姿勢。けれどもけして卑下することはなく、当然未熟なものでもなく、高座でみられるのはそのとき最高の喜多八師匠の芸です。どんなに十八番とされている噺でもさらにいい芸を目指すのは、きっと落語というものの可能性を信じているから。メタ的な表現や現代的な表現をいっさい取り入れず、落語という芸の基本、噺の設定や枠組みを忠実に守ったうえで、どこまでひとを笑わせられるか。それでいて気張りすぎることなく自然体で、肩の力を抜いて愉しく聴ける芸をなさるのは、落語というものをそのまま、過信したりおおげさに捉えたりすることなく身のうちに取り入れてらっしゃるからかもしれません。そのバランス感覚が凄い。おまけに昭和の映画スターのような端正なお顔立ちとくれば、恰好よくないわけがありません。男女を問わず、ファンはそんな喜多八師匠の恰好よさに痺れているのではないでしょうか。
この日は日本刀のマクラから始まって噺は『首提灯』。辻斬りが出るという道で男が出遭った辻斬りを煽ってしまい、なんとか切り抜けたと思いきやなんだか首がいうことをきかない。おかしいな、と思ってたしかめるとどうやら首を斬られていて……という噺です。業物にいい腕が加わると斬られても気づかないまま死んでしまうということは実際にあるそうですが、スッパリ斬られた身体の部位が別々に生きていってしまうのが落語の世界。ちなみに喜多八師匠のマクラにもダイジェスト版で含まれていましたが、胴を斬られた男が上半身はお湯屋(いまでいう銭湯)の番台に、下半身は蒟蒻屋に材料を踏む人手として、別々に奉公するというその名も『胴切り』という噺もあります。
『提灯首』は斬られても生き続けるという設定もさることながらあとに引けなくなった男と徐々に怒りを募らせてゆく辻斬りとのやりとりで少しホラーめいた緊迫感が会場に漂います。落語は主題となっているものがそのままタイトルになっていることが多いのですが、『提灯首』はサゲを迎えるまでその意味がわかりません。タイトルの意味がわかると、ちょっとゾッとするはず。滑稽噺のひとつでもちろんコメディ要素はあるのですが、ゴシックホラーのような、ゾンビ映画のような、少しコワイ雰囲気が漂います。落語というと古いもので、ベタな笑いで……というイメージが強いかもしれませんが、現代のコントを上回るほど不条理だったりシュールだったりするストーリーのものも意外とあるんです。
さて、辻斬りといっても刀を差しているわけですからその身分は武士。渋くてよく響く声をさらに低めて演じられる喜多八師匠の武士はそれだけでも落語会に行く価値があるほどだと思います。個人的なオススメは『筍』と『二番煎じ』。男に煽られて激昂、「えいやッ」とすれ違いざまに男を切り捨てて行ってしまう『首提灯』とちがい、こちらは至極まじめなそぶりをしながらどこか抜けている、ギャップを持った愛すべき武士が堪能できます。
一之輔師匠も喜多八師匠も、落語をどれだけ愛しているかが伝わってくる会。「二人会」というと一人二ネタで二時間弱ということが多いのですが、この日の満足度はそれに勝るとも劣りませんでした。余韻に包まれながら会場を出て、雨降る渋谷の雑踏へ。いい落語を観るとお酒が飲みたくなる。どこかへ寄って、辻斬りに遭わないように気を付けて帰ろう。
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